Early Modern I: the crown oversea
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突然の声。
態度の悪い荒くれ者。
瞬時に状況を察知したアルレシアは、二人を庇うように立ち上がった。
相手は四人、こちらは丸腰、何とかなるかギリギリだ。
「なぁ、君ら見たいんやろ?海ん向こう。俺らが船出したるでぇ」
人さらいだろう。
拒否すれば無理矢理にでも連れていくはず。
ロマーノは見るからに震え、ベルギーも怯えた表情だ。
「ここじゃ何やから、もうちょい向こうで話そうや」
男たちは路地の奥の暗がりを指す。
アルレシアはおとなしく従うフリをして二人を立たせ、ベルギーにそっと耳打ちした。
「合図したらロマーノ抱えて走れ」
「でも、」
「いいから。ロマーノ頼む」
アルレシアは背後の男たちの位置を気配で掴む。
(一番右のやつに攻撃してる隙に逃がせる)
気配だけで臨戦態勢の油断の程度を計り、算段をつけ、そして叫んだ。
「今だ!」
同時に狙いの男を蹴り飛ばす。男は派手に飛んで倒れた。他の男たちは目を丸くして動きを止める。
意表を突いた隙にベルギーはロマーノを抱えて走り出した。
「待て!」
「行かせるか」
追いかけようとした男たちの前に立ち塞がる。ベルギーたちは上手く逃げ仰せたようだ。遠ざかる足音を聞きながら、アルレシアは男たちを睨んだ。
「おいおい、お兄さんよぉ、なんてことしてくれるん?」
「あいつら傷付けるわけにはいかないんでね」
アルレシアは男たちを倒そうと身構える。
だが、背後に突然気配を感じ、直後首筋に冷たいものを押し当てられた。
ナイフを突き付けるのは、先程蹴り飛ばした男だ。思ったよりも頑丈だったらしい。
「ついて来て、くれるんやろなぁ?」
***
「どないしよ、大変や、」
ベルギーはロマーノを抱えながら、涙目になって走る。
ここから屋敷まで、走っても30分はかかる。
ロマーノもずっと泣いていた。
「アルレシア、う、ばかやろ、」
「っはぁ、はぁ、も、だめ…!」
走る体力が尽き、ロマーノを下ろして肩で呼吸する。汗とともに目からも液体が石畳に零れる。
「どない、しよ、」
落ち着かないといけないのに。
ロマーノと二人で涙をこぼす様は子供だ。
すると、馬の蹄と車輪の音が近付いて来た。
「あんたたち、さっきのお客さんやないの」
馬車が二人の横に止まり、中からチュロスを売っていた女性が顔を出す。先程の投げキスの人だ。
「おや、あのイケメン君はどうしたん?」
「あ、あの、実は、怖い人たちに絡まれてもうて、一人で残って、それで、」
ベルギーの言葉に事態を理解したのか、女性は顔をしかめる。
「人さらいやね、今この街で増えとるんや…お役所も教会も腐敗しとるし…」
しかしベルギーは馬車を見て思い至る。
「あの、おや、スペインさんの屋敷まで乗せてってくれませんか!?私、ネーデルラントのベルギー言います」
「お、俺も、南イタリアだ、ぞ、ぅえ、」
ロマーノも泣きながら名乗る。国であることはあまり明かしたくないが、この女性は信用できたし、何よりも一刻を争う。
「国の方たちかい!こりゃたまげた、ほらはやく乗りな!」
女性は扉を開き招き入れる。
二人は礼を言って馬車に入った。
***
屋敷の前で女性と別れ、二人は走って屋敷に駆け込んだ。
「親分!親分おらん!?」
大きな声で呼ぶが返事はない。
「ロマーノちゃんは休んどって」
ロマーノをリビングに残し、ベルギーは廊下を走る。
「親分!親分!!」
「なんやじゃかあしい」
するとオランダが自室から出て来た。言葉のわりに、尋常でないベルギーの様子に心配する色を乗せていた。
「?お前泣いたんか、」
「あ!お兄ちゃん!親分は!?」
「オーストリアんとこ行った、ほれよりお前、」
「それはええねん!そんな、親分おらんのか…もう、お兄ちゃんしかおらへん!」
ベルギーはオランダに詰め寄る。
「アルレ兄ちゃんが、ウチら庇って人さらいと路地裏に残ってん!もう、もうさらわれてもうたかも、しれんねん…!」
堪え切れずベルギーは本格的に泣き出した。オランダは驚いて目を見開く。
だがすぐに立ち直った。
「お前は南イタリアと待ちねま。俺が行ってくるさけ」
オランダはベルギーの返事も聞かずに走り出す。そこには、いつものアルレシアを冷たく扱う姿などは見えていなかった。
廊下に崩れ落ちたベルギーは、胸を押さえて祈る。
「神様…!」
その言葉は、静かな廊下にぽつりと落ちた。
オランダは屋敷の馬に乗り、一気にふもとの街へ駆けた。
リビングにいたロマーノに路地の場所を聞き、そこへ最短で行ける道で馬を降りた。人混みでは馬は不便だ。
オランダは自分の足で走り、人混みを縫った。