Early Modern II: cannot be independent
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「お兄ちゃん、ごめん、ごめんなぁ…!許し、たって…!」


傷だらけのベルギー。
大事にしていた肌も髪もボロボロだ。

包帯には血が滲み、左足を引きずり右腕は力なく垂れている。実の妹の惨状に、オランダは唇を噛み締める。

オランダもあちこち出血し、軍服やマフラーはその血で濡れ重い。


焦土と化したアントウェルペンの近郊で、ベルギーは涙ながらにオランダに謝った。その後ろには、ほとんど戦いには参加していないながらルクセンブルクもいた。

彼らの身には、戦死した兵士、巻き込まれた市民、処刑された新教徒の苦しみ、痛みが激痛となってのしかかる。
引き裂かれた家族の、愛する人を失った者の、心の慟哭が精神を揺さぶる。


抑圧、処刑の嵐の中、旧教徒=カトリックが多いベルギーには、ふと懐柔策が示された。
覇権都市で証券の中心だったアントウェルペンが壊滅し、疲弊したベルギーは、ルクセンブルクとともに独立戦争を脱退することにした。

このままスペイン領として留まるのだ。


「……ほうか」

「うっ…ひっく…ごめんなぁ…ごめんなさい…」


泣きじゃくるベルギーはいっぱいいっぱいだろう。
オランダはその頭に手を乗せる。


「よう頑張った。スペインの家にはアルレがおる、手当てしてもらいねま」

「お兄、ちゃんは…?」

「俺はまだ戦う。ほや…スペインの家着いたら、アルレにこれ渡してしておくんねのぉ」


オランダはポケットから紙を取り出し、さっと何か書き留める。
その紙を折りたたみ、ベルギーに渡した。


「うん…」

「ほな。達者にな」


オランダはそれだけ残して踵を返した。


「お兄ちゃん…ごめんな…」


涙を拭い、託された紙をポケットにしまう。




―――この別れが、後の時代まで二人に溝を生むことになるのであった。




***




開戦から少ししたある日、スペインはまたオランダに出掛け、屋敷にはアルレシアとロマーノだけのときだった。

玄関が開く音がして、スペインかと思ってロマーノと様子を見に行くと、ベルギーが血だらけで倒れていた。


「うわぁぁ!」


ロマーノは悲鳴を上げてアルレシアに抱き着く。
一瞬アルレシアも頭が白くなったが、すぐ落ち着きを取り戻す。


「大丈夫だロマーノ、ほとんど相手の血だ。桶に水を入れて、柔らかい布を持って来てくれ」

「わ、分かった」


ロマーノが駆けて行くと、アルレシアはすぐベルギーを抱き起こした。


「大丈夫か、」

「うっ…」


大理石に血が広がる。相手の血だけでは、当然なかった。
アルレシアは上着を脱ぎ、引き裂いて患部を縛っていく。

国だから焦る必要はない。
だがロマーノがいる手前、生々しい応急処置を見せられない。

てきぱきと済ませていき、終わったところで抱え上げてベルギーが暮らしていた部屋に運ぶ。


「持って来たぞ」


ロマーノが危なっかしくもちゃんと桶に汲まれた水、柔らかな布を持って来た。


「ありがとう。もう一つ、馬屋に行って、使用人に街から医者を呼んでもらってくれ」

「おう」


慎重な仕事をさせたから落ち着いたようだ。ベルギーもマシになったし、平静を取り戻して馬屋に走って行く。


「アルレ、兄ちゃん…」


弱々しい声を耳が拾った。


「ん?」


ベルギーに目を合わせる。


「……ワッフル、食べ、た、い…」




そう、アルレシアが焦らないのは、このしたたかさを知っていたからだった。伊達に百年戦争の舞台となっていないのだ。


***


帰って来たスペインは、ベルギーを見て驚き、ついで痛ましげに顔を歪めた。


「ごめんな、不甲斐ない親分で…」

「…ええんよ、親分自身や、ないもん」


二人は目を合わせない。
まだ二人の間の戦いは終わった直後だ、当然である。


「ほら、スペインはまだ仕事だろ」


アルレシアはスペインを追い立てた。この雰囲気もそうだし、スペインは今大変なときだ。早く仕事に戻らせねば。


「わっ、押さんといてっ」

「明日怒られても知らねえぞ」

「うぅ…」


スペインは渋々執務室へ向かう。
それを見送ってからベルギーの部屋に戻る。


「ベルギー、ルクセンはどうした?」

「ルクセンは後で帰ってくる言うてたよ。家の方が色々大変言うてたけど…」

「…本当は、ここに帰りたくねぇのかもなぁ」


この屋敷には、あまりに多くの思い出が残っている。それを思い出すのがつらくて、意図的に帰りを遅らせているのだろう。


「アルレ兄ちゃん、」


すると、思い出したようにベルギーが呼ぶ。見ると、ベルギーは何やら紙を差し出していた。


「なんだそれ?」


受け取りながら聞けば、オランダからの手紙らしかった。
紙は血で汚れてはいるが、文字はオランダの殴り書きながらちゃんと読める。


「お兄ちゃんが、アルレ兄ちゃんにって」


アルレシアは紙に書かれた文字を見て、眉をひそめる。


『参戦せんでええ。安全なとこで生きねま』

「これ…」

「どうせ、参戦すんなって書いてあんねやろ?」

「あぁ…」

「やっぱり。ウチやお兄ちゃん自身ごっつ傷付いとるから、アルレ兄ちゃんを同じ目に合わせとうないんやろ」


それを聞いてやっと合点した。
ついで、それほど厳しいのかとつらく感じる。

イギリスがオランダを支援しているはずだが、相手は世界を股にかける国だ。カトリックが多いベルギーでこれなら、新教徒が多いオランダはもっとひどいかもしれない。

スペインだってヨーロッパ最大の貿易国家を相手にしているのだから大変なはず。


「わざわざ戦争しなきゃ…何も得られないのか…」


生まれたときから変わらず続く戦争。
人は変われないのか、と虚しくなる。

いや、自分が諦めてはいけない。
アルレシアは思い直す。


(変わるときが来た)


傍観をやめ、再び歴史に飛び込むときだ。

失敗は許されないから慎重に、でも大胆に。

アルレシアは頭の中に考えを構築していった。


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