Early Modern II: cannot be independent
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それからしばらくして。
1588年、イギリス艦隊はスペインの"無敵艦隊"を破った。
最後に無敵艦隊が戦ってからあまりに実戦をしなかったことが、最大の敗因だろう。いよいよスペインの覇権は陰り始め、太陽が沈み始めたのである。
オランダとの戦いもますます激化し、連日のようにスペインが屋敷に帰らない日が続いた。
無敵艦隊敗北の知らせが届いたその日、アルレシアはロマーノと屋敷のリビングでチュロスを食べながら暇な午後を過ごしていた。
何も知らないロマーノは、スペインがなぜ忙しいのか考えることもなく、アルレシアが作ったチュロスを頬張る。
―――スペインは、ロマーノを大事にしている。
その事実は、かの里帰りのときに確信を得ている。アルレシアはそのおかげで踏ん切りがついていた。
ベルギーやルクセンブルクもいるし、ロマーノは一人じゃない。
「ロマーノ、」
アルレシアはゆっくりロマーノに声をかけた。
「なんだ?」
「スペインのこと好き?」
「い、いきなり何だよちくしょー」
照れだすロマーノは微笑ましい。スペインはこのロマーノの照れ隠しに気づけない鈍感親分なのである。
「どうなんだ?」
「べ、別に、嫌いじゃねーけど…」
ロマーノはぼそぼそと、しかしちゃんと答えた。ちゃんとスペインの愛情は届いているようだ。
「ロマーノ、大事な話するぞ」
それに安心して真剣な声で言えば、ロマーノはどこか不安そうな顔をした。
「…なんだよ…」
「スペインは、いつもお前のこと考えてる。今までも、これからもお前を大事にしてくれる。だから、ロマーノもスペインを大事にしてやってくれ」
「……?」
「俺は…もう、近くにいてやれないから。ロマーノができるところまででいいから、側で支えてやれ」
そう言ってアルレシアは立ち上がる。ロマーノを床に下ろすが、ロマーノはアルレシアの足を緩くつかんだ。
「アルレシア…?どういうことだちくしょー…」
ロマーノは分からないのか、もしくは分かっているが認めたくないのか、縋るように立ち上がる。
「また、会えるさ。時代は変わるものだから」
「おい、待てよっ」
さっと踵を返して、アルレシアは玄関へ向かう。ロマーノはかつてローマに置いて行かれた経験があると聞いていたから、こういうことをするのはあまりに気が引けた。しかし、何も言わずに出ていくこともまた、アルレシアにはできなかった。
「アルレシア!」
ロマーノは慌ててアルレシアの後を追って走り、アルレシアに飛び付こうとする。
「ロマーノ…」
「待てよ…!」
「…、ベルギー!いるんだろ」
追いかけるロマーノを見て、アルレシアは扉の陰にいるベルギーに声をかけた。
涙目のベルギーは陰から姿を現す。聡いベルギーは、アルレシアの意図をしっかりと理解しているようだ。
「…頼んだ」
「……うん」
ベルギーはロマーノを抱き抱える。ぎゅ、と抱き締めたロマーノの頭巾に、ベルギーの瞳からこぼれたものが溶けて消えた。
「じゃあな、」
「おいっ!アルレシア!」
悲痛なロマーノの叫びと、涙を流しながら顔を伏せ、ロマーノを抑えるベルギー。
そんな声に申し訳なく思いながら、アルレシアは屋敷を出た。
―――その日、アルレシアはスペインに宣戦布告した。