Early Modern III: bill rather than kill
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イギリスはアルレシアの態度にぶつくさ言いつつ、フランスの対策を練るため廊下を歩いた。

すると、にわかに屋敷が慌ただしくなる。


「なんだ…?」


騒ぎの方へ向かうと、やたら焦げ臭い。
自分が料理したときの比ではない。

おかしい、そう思って適当な部屋に入り、カーテンを開けた。


「は、」


窓の外、平常時は美しい中世の町並みが広がるロンドン。しかし、目の前の光景は、真っ赤な炎に包まれていた。


「イギリスさん!」


秘書が扉を開け飛び込む。


「大火事です!もうどうしようもありません、この屋敷も…!早く逃げましょう!」


しかしイギリスは答えない。秘書は訝しんでイギリスの側に寄る。


「イギリスさん…?」

「…、アルレシア…」

「アルレシアさんがどうかしました…?」

「本国に帰るって行って出てったんだ、おい、あいつは!」

「わ、分かりません!」


秘書に詰め寄るが、要領を得ない。
イギリスは部屋を飛び出した。



***




アルレシアは、肌を焦がすような熱に、途方に暮れた。

本国へ向かうためテムズ川の港へ向かっていたのだが、火災により道を変えた。
すると、どの道を行っても火災が起きている。
これは街全体で起きている大火だと気付き、一度屋敷へ戻ろうとした。

だが、幼い少年が「お母さーん!」と泣き叫びながら走って行くのを見て踏み止まった。人々は持てるだけの家財道具を運ぶのに必死だ。
誰も彼を助けられる者などおらず、アルレシアは慌てて後を追い掛けたのである。


結果、四方を火に囲まれ、逃げることができなくなっていた。
少年を見つけて保護し、一つのブロックの中にいるが、この地区もすぐ火に飲まれるだろう。木造の建物はすぐに延焼する。


熱で窓が割れる音が引っ切り無しに響き、体には刺すような痛みが走る。煙が立ち込め、肺が苦しい。

少年を抱き抱えブロックの中を動き回ったが、逃げ道はなく、濡らした布を少年に巻いてやることしかできなかった。


「うえ、おか、さ、」

「大丈夫、大丈夫だから」


そう言い聞かせるが、実際万事休すだ。


(俺は死なないかもしれないけど、この子は…)


国であるアルレシアは生きる可能性があるが、ただの人間であるこの少年は死んでしまう。


すると突然、爆発音が響いた。何かが自然に爆発した音ではない。そう、戦場で何度も聞いた火砲の音に似ている。

少年は怯えてアルレシアに縋った。煙と炎の中、アルレシアは音のした方に目を凝らす。

すると、走って来る人影が見えた。


「アルレシア!!」


「…お前はヒーローか…」


現れたのは、イギリスだった。
あちこち煤だらけにして、眉毛を少し焦がして。

アルレシアが抱える子供に少し驚いてから、アルレシアの腕を掴んだ。


「行くぞ!」


腕を引っ張られるまま、燃え上がる街の中を走る。


「どうやって!」

「道塞いでた瓦礫を爆破した!」


先程の爆発は、その音だったようだ。
その道にあった倒壊した建物の瓦礫はバラバラになり、なんとか通れそうになっている。

イギリスはアルレシアを引っ張り、そこを突き進んだ。ドン、と背後から激しい音が鳴り、振り返れば次々と建物が崩壊していく。


「うわ、危なかったな」


そんなことを言うイギリスは余裕が見えて、アルレシアを引っ張る腕も力強くて。それは確かに、人をひとり救うことができるだけの力を持った男なのだと、もう小さい頃とはまったく違うのだとアルレシアは実感した。


そして無事、三人はロンドンの郊外まで逃げ仰せた。少年を役人に預け、二人は人込みから離れた場所へ行く。

そこからは喧騒や火災の音は聞こえない。


「…ったく、心配かけんな」


イギリスは怒っているような怒っていないような声音で言った。


「探して、くれたんだ」

「当たり前だろ!お前が港行くルート辿って、火災が広がった地区の順番と照らし合わせた」


港へ行くルートとは、以前イギリスにアルレシアが話した道だ。中世の雰囲気が残って好きだという話で、港へ行くときは必ずそこを通るのだ。

今日も、そこを通った。


「あんなの大した話じゃなかったのに」

「お前が好きって言ったものだったからな」


優しく言うイギリスに、アルレシアは涙腺が緩みかける。確かにあの戦争はむかついたけれど、それでも、イギリスは、アルレシアにとって大事な大事な存在だった。




「ごめんな、関係ないとか言って。ありがと、助けてくれて…!」




俯くアルレシアの頭を、イギリスはそっと撫でる。


「気にすんな、昔からの仲だろ」


そうだ、自分を300年の孤独から救ってくれた存在、それがイギリスだ。


「…助けられて、ばっかりだ」

「俺がそうしたいだけだ」


くそ、かっこよすぎる。
アルレシアはそんなことを思いながら、ようやくイギリスに笑顔を向けた。


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