Modern: Revolution for Revolution
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アメリカとアルレシアが独立した頃、フランスでは財政危機が深刻化していた。
"太陽王"ルイ14世によるネーデルラント継承戦争、オランダ侵略戦争、大同盟戦争、スペイン継承戦争や、次のルイ15世の七年戦争、そしてルイ16世のアメリカ独立戦争・アルレシア独立戦争と、100年以上に渡って戦争を起こしたフランス。
一般市民は経済力を向上させていたのに対し貴族は没落し、だが封建的身分は改善されないままだった。
絶対王政の象徴として宮廷生活は儀式化され、その維持にも莫大な金がかかった。
さらにプロイセンやオーストリアでは、啓蒙思想に基づく王政が敷かれ、ヨーロッパ全体で啓蒙思想が流行。
そこへアメリカ独立、イギリス立憲革命などで"権利"が獲得されると、いよいよ民衆は反感を強めていった。
1789年、ルイ16世の財政改革が失敗すると、貴族らの求めで三部会が開かれた。
聖職者の第1身分、貴族の第2身分、市民の第3身分に分かれ議決する議会である。
しかしこの175年ぶりの三部会では、議決法について、第1・第2身分は1つの身分で1票を求めたのに対し、第3身分は1人1票を求めた。
聖職者、貴族はいわゆる特権階級で、その地位を維持したかったわけだが、市民はその改革を望み、実際ルイ16世の財政改革はそういった趣旨であったのだ。
そして第3身分である市民は全人口の98%を占め、1人1票であれば特権階級に勝てる。
だが結局その方法は決まらず、この年の6月に第3身分は三部会を離脱し国民議会成立を宣言した。
国王はこれを弾圧したが、7月14日、バスティーユ牢獄襲撃でついにフランス革命が始まった。
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一方、アルレシア。
独立戦争の後からずっと、高熱が止まらなかった。
自宅のベッドに寝たきりで、起き上がることもままならない。
あの戦争で国土の3割近くがダメージを受け、南西部の都市はいまだ廃墟だ。
国内産業が崩壊した上、港への攻撃で船がやられ貿易もできなかった。
船を造る余裕はなく、他国から買う余裕もない。
さらにこの時代は地球の活動が活発な時期であった。
奇しくもマリー=アントワネットが生まれた年にリスボン地震でリスボンが壊滅し、アメリカが独立した1783年に日本の浅間山とアイスランドのラキ山が噴火した。
これにより北半球では噴煙による寒冷期が訪れ、世界各地で飢饉が発生。
特に1788年から1789年にかけては記録的な大寒波となり、深刻な食料不足が起きた。
フランス革命はこうした社会不安も背景としていた。
アルレシアの家も寒波と飢饉で窮乏に拍車がかかり、先行きの見えない情勢である。
イギリスとも気まずいままで、オランダやデンマーク・ノルウェーも財政危機で頼れない。
期待されていた建設ラッシュは起きず、ただ荒廃した国土だけが広がる。
飢饉や伝染病で人々は苦しみ、その痛みがアルレシアの全身を蝕んだ。
「げほっ…、はぁ…」
荒い息で、ベッドの側の窓から空を見上げる。
冷夏の7月、フランス革命勃発の知らせは先程聞いた。
(フランスも…大変なのか…)
八方塞がりだ。
一人、苦しみに堪える。
(国民の方が、つらいんだ…俺よりも…俺が、いつまでも、こんなんじゃ、いけない…)
アルレシアはそう思い起き上がった。
「…内職くらいは…しねえと…」
ふらふらとした足取りで部屋を出て、執務室へ向かう。
「造花って…いくらだ…」
儲けるための計算だけは衰えず、頭の中で素早く収支を計算しながら廊下を歩いた。