Modern: Revolution for Revolution
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大陸封鎖令で大陸諸国への輸出ができなくなったイギリスは、植民地にその資本を投下していた。
イギリスはすでに産業革命の中盤に差し掛かり、"世界の工場"の座をほしいままにしている。
その産業革命を、まずアルレシアへ輸出することにした。
資本の投下先になっただけでなく、蒸気機関などの最新設備を次々に輸出。
アルレシアはそれで資本を蓄え、新たに投資して船を造り、軍隊を整えた。
アメリカとの貿易が再会されると、アメリカも「やっと恩返しができるよ」とアルレシアに有利な条件をつけてくれた。
こうして、1808年からスペイン、プロイセン、オーストリア、ロシアがフランスに反抗するのを手助けできるようになり、国内の復興も進んでいった。
1812年にはロシア遠征に失敗し、フランスは一気に弱体化。
諸国は団結をするため、第6回対仏大同盟で一同に介した。
***
イギリス、ロンドンにて、イギリス、ロシア、オーストリア、プロイセン、スウェーデン、ライン同盟諸国、アルレシアが集まった。
ライン同盟はナポレオンが結成した傀儡国家の連合だ。
「集まってもらったのは言うまでもない、フランスの野郎をぶちのめすためだ」
イギリスが言うと、プロイセンがハッ、と鼻で笑う。
「言ってんじゃねーか」
「うるせえな!」
「茶々入れんな」
アルレシアがプロイセンを小突くと、なぜか嬉しそうに「おう」と返す。
内心なんだこいつ、と思いつつ、イギリスに先を促した。
「まず俺はスペインを支援して、ついでにイベリア半島からフランスに攻め込む。スウェーデンは北西から、オーストリアとプロイセンは北東から頼む。他はそれぞれ援護だ」
「また坊ちゃんと一緒かよ」
「私も願い下げです」
「僕は出なくていいの?」
「ロシアは無理すんな」
ロシアはかなりの兵力が削られ、軍隊の維持すら難しい。
ライン同盟はスウェーデン、オーストリア、プロイセンの援護だろう。
「俺はイギリスと海からだな」
アルレシアは海軍の方が強い。
イギリスも頷く。
「一部は俺と一緒にスペインへ来てくれ」
「主力じゃないのか?」
「主力は俺の軍隊の一部とオランダからだ」
「了解」
「じゃあみんな、頼んだぞ」
1814年、60万を越す大軍が、7万の兵しかいないフランスへ攻め込んだ。
アルレシアは主力部隊とともにオランダへ上陸し、フランスへ攻めるためアムステルダムを解放した。
「オランダ、助けに来てやったぞ」
フランスの傀儡王国となっていたオランダを解放し、アルレシアは疲れた様子のオランダのもとへやってきた。
「前と同じやな」
申し訳なさそうに、かつてのオランダ侵略戦争を思い出す。
「気にすんなって。俺はフランスに入るけど、お前は休んでろよ」
「俺も行く」
「いいから」
ナポレオンの親族による国王の失政で、オランダは疲弊しきっている。
「アルレも病み上がりやろ」
「年季が違うんでな」
アルレシアはオランダを屋敷の椅子に座らせる。
「いいから俺の勇姿を見とけ」
3月、アルレシアは誰よりも先にパリへ入城。
ナポレオンはエルバ島へ流された。
フランスではブルボン朝が復位し、戦後処理のためウィーン会議が開かれることとなる。
こうして、フランス革命戦争は終わったかに思われた。
しかし。
ウィーンでは国際会議による特需で大勢の人間が集まり連日パーティーが開かれ、肝心の会議は遅々として進まなかった。
『会議は踊る、されど進まず』である。
それを見たナポレオンはエルバ島を脱出し復位、各国は焦って妥協し、ウィーン議定書が作成された。
ナポレオンは95日間の天下を敷いたが、結局破れ、最終的にこの戦いが終わるのは1815年を待ってからだった。
急かされるように決められた条約だったが、ウィーン議定書に基づくウィーン体制はヨーロッパ秩序の転換期だった。
オーストリアは広大な直属領に北イタリアを加え、旧神聖ローマ帝国の諸国を束ねるドイツ連邦の盟主となった。
プロイセンはポーランド、ザクセンの一部とライン川沿いの地域(ラインラント)という広範な領土を獲得。
ロシアもフィンランドを併合しルーマニアの一部やポーランド王位を得た。
イギリスはマルタ島やオランダ領植民地の一部を、オランダはベルギーを併合した。
スウェーデンはノルウェーを併合し、スペインとフランスは革命以前の状態に戻り、スイスは永世中立化した。
これはいわばフランス革命の反動で、人々は強引な領土変更や権利・国民意識の抑圧に不満を持つ。
復興したアルレシアを含め、ヨーロッパは新たに資本主義、民主主義、社会主義という思想対立の時代に入っていくのだった。