Modern: Revolution for Revolution
−革命安売りセール



フランス革命、ナポレオン戦争後のウィーン体制は、反動的な体制であり、民衆に芽生えた自由主義とナショナリズムに適していなかった。


これらの意識は、フランスでは革命により、フランス以外の国ではフランスの支配への抵抗により生まれた。

つまり、フランス以外の国の中でフランスに支配されなかった国は、比較的その意識も低いと言える。

最たる例がアルレシアだ。

支配も受けなければ、ほとんど対決したこともない。

一度首都の外港を攻撃されたくらいである。

支配を受けていなくても、屈辱的条約を結ばされたオーストリア、ロシア、プロイセン、終始喧嘩を売られたイギリスはフランスに反抗的な意識があり、そこからナショナリズムが生まれた。

アルレシアのように支配も対抗もなかったスウェーデンも、比較的この意識は低い。

とは言ってもヨーロッパ全体でこの意識は高まっていたから、ないわけではなかった。

ウィーン体制が崩壊し始めると、それは如実に現れる。


***

1800年代初頭、ラテンアメリカでは植民地支配をするヨーロッパ各国が混乱するのを見て、独立運動が盛んになった。

1804年のハイチに始まり、1821年までに10か国以上が独立、アメリカは1823年にモンロー教書でアメリカ大陸とヨーロッパの相互不干渉を唱え、市場開拓を狙うイギリスも承認。

また、1821年にはギリシャがトルコから独立するための戦争を起こした。

そのような体制の動揺の中、フランスでは、復位したブルボン王朝の圧政に反抗し、1830年に七月革命が発生した。

これをきっかけに、ベルギーはオランダに独立戦争を起こし、ポーランド、ドイツ、イタリアでも反乱が広がった。

七月革命は、アルレシアにも波及する。

立憲王制となったフランスを見て、人々は国政への参加を求め、王宮へと集まっていた。

産業革命で資本家が力をつけていたことが大きい。

市民が王宮の広場に大群で押し寄せ、今にも城に入りそうな勢いで憲法制定を求めて叫ぶ。

「陛下、」

王宮の中央、国王の謁見の間。

広い空間の真ん中に、玉座に座る初老の国王と、周りで不安げに立つ臣下、そして緊張した面持ちでアルレシアもいた。

アルレシアの記憶では、このようなことは初めてだ。

確かに絶対王政ではあったが、国の規模もそう大きくなく、それで十分だったのだ。

フランスからもたらされた革命の影響の大きさが伺えた。

「どうしましょう」

「軍を出しましょうか」

「鎮圧するのはまずいんじゃ」

臣下は口々に言うが、国王の表情に迷いはないようだった。

アルレシアは、国王の考えを察する。

「憲法を定めよう。立憲制に移行するのだ。ここに、勅令第23号を発布する」

国王は懐から立派な紙を取り出した。

勅令は絶対で、何があっても守らなくてはならないものだ。

ナポレオン戦争の混乱で大量に発布したため、これが23番目になる。

「よいのですか」

「とうとう立憲君主制になるのか」

国王はそれを宰相に渡し、立ち上がる。

「バルコニーへ行こう。アルレシア、着いてきてくれるか」

「はい」

アルレシアは国王と宰相に続き、広場に面する大きなバルコニーへ向かう。

一度王宮の中庭に出るとき、そこにも民衆の叫びが聞こえていた。

「いまだかつて、ここまで国民が高揚したことはあっただろうか」

「ありません」

アルレシアはそう答える。

「そうかそうか…このような国民の姿も、また頼もしく、誇らしいものだな」

「…そうですね」





三人はバルコニーに到着し、そして広場を埋め尽くす人々に向き直る。

人々は急速に静まり、騒ぎが嘘のように収まった。

「勅令第23号!」

宰相は手元の紙を読み上げた。

「1830年7月30日をもって、国民主権を認め、保障し、憲法制定議会を設けるとともに、立憲制への移行を宣言する!」



その瞬間、わっと人々は沸いた。


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