Contemporary I: devil’s warfare
−普憫台頭
「ねえ、お兄さん、この前(渋々)渡した聖地管理権、返して欲しいんだけど」
「なんでぃ、いらねぇっつったろうがよぉ!」
「また欲しくなったの!」
「ちっ、仕方ねぇな!」
「ねえトルコ君、誰のおかげでそれ獲得できたのかな?」
「げぇっロシア!」
始まりは、そんな会話からだった。
***
聖地エルサレムの管理権は、フランスが持っていたものがフランス革命でオスマン=トルコに渡った。
これはロシア皇帝によるもので、実質この権利はロシアのものであった。
二月革命後、フランス皇帝に即位したナポレオン3世は、1852年に管理権を要求、取得した。
ロシア皇帝は権利を失い、そして1853年、トルコのギリシャ正教徒保護を名目に出兵しクリミア戦争が勃発した。
「ロシアの野郎、南下する気だな…」
「美味しいところはお兄さんが頂こうかな」
「オーストリアさんから独立するには、まず偉くならなきゃ…」
ロシアの南下政策を警戒するイギリス、対外拡張を目論むフランス、独立のため国際地位を向上させたいイタリア(サルデーニャ王国)はトルコを支援し、60万の犠牲の末、1856年にパリ条約でロシアの敗北が決まった。
「フランス兄ちゃん、俺のサヴォイアとニース、欲しくない?」
「欲しい!超欲しい!」
1858年、イタリアはフランスとプロンベール密約を締結。
それを知ったオーストリアは翌年にイタリアに宣戦した。
勝っていったイタリアだったが、力をつけていくのを見たフランスは警戒して撤退、結局北イタリアの統一が実現されたに留まった。
それでも1861年、南イタリアも統一され、南北はトリノを首都とするイタリア王国となったのだった。
イタリア独立を見たアルレシアは、オーストリアの弱体化を悟った。
暴れるフランス、南下するロシア、それを嫌がるイギリス、そして、オーストリア打倒を目指すプロイセン。
昨日の敵は今日の味方、というのが当たり前になった国際社会、干渉政策を始めたアルレシアも、その中へ飛び込まなければならない。
「面倒だな…」
ロシアとイギリスの対立が思ったより深く、立場を曖昧にしたいところなのだが、そうも言っていられない。
「よし、間をとってプロイセンだ」
ロシア、イギリスは二国間でなんとかなりそうだし、ここはプロイセンについておこう。
アルレシアはそう決めてプロイセンの家に向かった。
***
「プロイセン、好きだ」
「嘘つけ守銭奴!!」
プロイセンの家、玄関で早々にツッコミを食らいつつ、中にお邪魔させてもらう。
「お前、さりげなく武器の輸入増やしたよな。なんかやらかすつもりだろ」
「まぁな、ここら辺でいっちょ俺様がこの地を統一してやるぜー!」
「資本は任せろ。俺が売り捌いてやる」
「…お前はほんとに…」
「なんだよ」
呆れたようなプロイセン。
アルレシアは心外だとばかりに肩をすくませた。
1863年、「シュレスヴィヒは俺のもんだっぺー!」というデンマークの宣言を聞き、プロイセンはオーストリアの家を訪れた。
アルレシアも一応それに同行する。
「おいオーストリア、ドイツ人の多いシュレスヴィヒがデンマーク領なんておかしいと思わねぇか」
「いったい何が言いたいんです?」
「まぁそんなイライラすんなよ、イタリアちゃんが独立したからってよー」
オーストリアはキッとプロイセンを睨みつけた。
「その減らず口をなんとかなさいこのお馬鹿さんが!」
「わりーわりー。んでよ、俺とお前でシュレスヴィヒと、ついでにホルシュタインをデンマークから奪って、分割しようぜ」
「…それは構いませんが」
「そう来なくちゃ!じゃあ、けしかけようぜ」
アルレシアはプロイセンにじと目を送る。
白々し過ぎる。
だがプロイセンはどこ吹く風だった。