Contemporary I: devil’s warfare
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「あー…で、お兄さんはどうしたんだ?」

プロイセンは言いにくそうに切り出す。

ロマーノは軽くそれを睨んでから咳ばらいをした。


「フランスに勝ったら、教皇領寄越せ。見返りにヴェネチアーノのパンツやる」

「その話乗った」

「プロイセン、キモい」

「なっ!?」

「俺もほんとに乗るとは思わなかったぞちくしょーめが」

「おいロマーノ、さすがにパンツはイタリアがかわいそうだ」

「アルレシアのでもいいぜ!」

「…、」

「おいその蔑む目やめろ!リアルにへこむ!」








そうして1871年、プロイセン=フランス戦争は1月に一度終わった。

ナポレオン3世は捕らえられ廃位、フランスは臨時政府が成立し講話を急いだ。

だが市民はそれを拒否し、パリ=コミューンを作ったが、プロイセンが臨時政府にフランス軍から取り上げた武器を返却し、それを使い臨時政府は市民を弾圧した。

5月、フランクフルト講和条約においてフランスは50億フランの賠償金と、アルザス・ロレーヌ地方割譲をさせられた。

これはフランス国民に決定的な反独感情を植え付ける。


フランスがローマから撤退すると、イタリア王国は教皇領を併合し、ローマへ遷都した。

そして、1月の戦争終結の際、プロイセンはドイツ帝国の成立を宣言。

22君主国と4自由市を束ねる統一国家となった。




―――"ドイツ"の誕生である。





実質プロイセンが政治を動かすが、軍はドイツ帝国のものとなり、生まれたばかりのドイツはすぐに大きくなっていった。

アルザス・ロレーヌ地方の資源により産業革命も進展し、大工業国として目覚ましい発展も起こり、アルレシアがドイツと会う頃には、すでに青年になっていた。


***


「アルレシア、こいつ、一応生まれたばっかのヴェスト―――ドイツだ」

プロイセンの家を訪れると、プロイセンは背の高い青年を紹介した。

金髪に碧眼、典型的なゲルマン人だ。

体つきもがっしりとして、帝国の強さを物語る。

神聖ローマと違いかなり統一されているから、体も弱くないだろう。

「はじめまして。アルレシアだ、よろしく」

「は、はじめまして、ドイツです」

きびきびと、だがどこか緊張した風だ。

それを見てプロイセンはケセセ、と笑う。

「こいつの憧れはローマ帝国なんだよ、俺様を差し置いて。だから一度ローマを追い払ったお前を尊敬してんだ、俺様を差し置いて」

やたら尊敬されたいプロイセンのようだが、プロイセンはプロイセンで尊敬されているのだろう、ドイツは「やめてくれ兄さん、」と照れている。

「そうなのか。まぁそんな大したことじゃない。お前も頑張ればもっと強くなるさ」

「はい、」

「あと、敬語はいらないぞ」

「…、分かった」

途端、言いづらそうにするのが面白い。

プロイセンの弟、という割に素直だ。

「アルレシア、俺様忙しすぎるからヴェストにいろいろ教えてやってくれ」

そう言ってプロイセンはコートを羽織る。

「どこ行くんだ?」

「ロシアんとこ。フランスの復讐に備えてな」

再びフランスと戦火を交えないために、プロイセンはフランスを孤立させるらしい。

さっさと屋敷を出たプロイセンを見送ってから、アルレシアはドイツに向き直った。

「教えるっつってもなぁ。何を教えろってんだ」

「…じゃあ、歴史を教えてくれないか。アルレシアが経験した、生きた歴史を聞きたい」

「ん、分かった」

ドイツの頼みということで、アルレシアは歴史書に沿って、実際はどうだった、実は裏でこんなことがあった、というような話をした。

真剣に聞くドイツは、しっかり世界を理解しようという意思があるようだ。

ストイックなところはプロイセンに似ているかもしれない。

あぁ見えて宗教騎士団出身だ、プロイセンはなかなか自分に厳しい。


また、自分たちのような国たちのことも教えた。

熱心に聞くドイツには好感が持てる。

アルレシアはそう思い、珍しく何かを代償に要求したりせず、タダで教師役をやった。


1875年、トルコ領のボスニア・ヘルツェゴビナでギリシャ正教徒が反乱を起こすと、ロシアはこの保護を名目に1877年に出兵し、ロシア=トルコ戦争が起きた。

1878年にトルコは敗れ、ルーマニア、セルビア、モンテネグロの独立と、ブルガリアのロシア保護下での自治を認めた。


これにはイギリスとオーストリアが猛反対した。

ブルガリアは黒海だけでなくエーゲ海にも面するようになり、ロシアが地中海に出られるようになることを意味したからだ。

「おいロシアふざけんな!」

「すぐに撤回しなさいお馬鹿さん!」

「うるさいなぁ、ブルガリアの問題だよね?ブルガリア?」

「ロシアさんの言う通りです…!」

「無理矢理じゃねぇかぃ!」

「まぁまぁ、俺様が公正な保証人やってやっからよ、そんな気張んなって!」


そこへ現れたのがプロイセンだった。

フランスとイギリスを遠ざけるべく、イギリス寄りの仲介を図ったのだ。

1878年にベルリン会議が開かれ、ブルガリアは領土を半分以下に縮小し、トルコがその宗主国となった。

オーストリアはボスニア・ヘルツェゴビナの、イギリスはキプロスの統治権を獲得した。

ロシアの南下はヨーロッパにおいては挫折し、代わりにアジアへの南下を始めた。

ロシアは当然プロイセンに反感を持ったが、プロイセンはオーストリアと同盟して戦争を避け、フランスと関係が悪化したイタリアもこれに乗って、1882年、三国同盟が成立した。

"栄誉ある孤立"を貫くイギリスもプロイセンに親善し、1887年にはプロイセンとロシアも再保障条約で繋がった。

こうして、完全にフランスは孤立した。



その均衡が崩れたとき、世界が戦争に向かうのだということを、誰も予測することはできなかっただろう。




「俺は貿易するけどな」

「…まぁ、うん、アルレシアのそれは予想してたぜ…」



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