Contemporary I: devil’s warfare
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紆余曲折は経たものの、無事アルレシアは中国のところにたどり着いた。

中国は疲れたように、「入るよろし…」とアルレシアを迎える。

前に来たときより、家の中も荒れているようだった。

「もう最近大変ある…欧米のやつらはなんあるか…」

不平等条約を列強と結ぶ中国は、国内でも反乱が起き、さらには日本までもが進出して来ているため心身ともに疲れ切っているようだった。

「…まぁ、俺は現状維持でいくからさ」

「お前だけある…もっと年上を敬うよろし…」

「それは俺も思う。イギリスとか調子乗ってるし」

「英国が一番無理ばっかある!美国も最近来てるあるし…こっちくんなある」

「アメリカは近いうちに動くぞ、多分。日本もだな。ロシア対イギリスの対立に、日本とアメリカがどう関わるかによる」

「ロシアは我から北の地域をぶん取って、韓国に目つけてるある。日本も韓国狙ってるあるから、ロシアと日本は対立するあるね。我はロシア側につくある」

「そうなのか…多分、日本にはイギリスとアメリカがつく。あんまり無理はすんなよ、ここで国が滅びたらそれこそ分割される」

「分かってるあるよ。まったく、めんどくせー時代になったもんある」

椅子に踏ん反り返る中国だったが、バキ、という音とともに呻いた。

「こ…腰…!」

「…言ったそばから…」

アルレシアは呆れてため息をついた。





***




「おいベルギー、勝手にあんな広い土地領有すんな」

「お兄さんも欲しいー」

「ウチの勝手やろ?」

「まぁまぁ、俺様がまた仲介してやるって!」


1884年、アフリカ分割のため、列強諸国はベルリン会議を開いた。

ベルギーの上司がコンゴの地を私領としたことをきっかけに、各国がアフリカの利権を巡り深刻な対立状態に陥ったためだ。

植民地化の原則が定められ、すでに進出していたフランス、イギリスは一気に拡大を進めた。

ベルギーは支配を確立し、ドイツとイタリアも進出を開始した。

そのドイツでは、1890年に皇帝が首相を辞職させ、親政を始めた。

皇帝は世界政策を唱え、バルカン半島、トルコからペルシャ湾までを支配する3C政策を強行し、イギリスの3B政策と対立。

ここに、イギリスとドイツの対立が発生した。

アジアでは1894年に日本と中国が戦争を起こし、中国が敗北、大陸への列強の干渉を招いた。


国土がマーブル状に列強に分割された中国は、列強の抑圧に耐え切れず、1900年、義和団事件が発生した。

列強により鎮圧されたが、ロシアは中国に留まり、韓国に影響を強めた。

イギリスは南アフリカでの戦争に手一杯であり、そこで、ロシアの南下に対応すべく、1902年に日英同盟を結んだ。

そして1904年、日本とロシアが戦争を起こした。

同年、アフリカではフランスとイギリスの対立がピークに達したが回避され、両国は協商を結んだ。

1905年に日本とロシアの戦争は終わり、その後和解、日露協商が成立する。

ロシアはフランス、イギリスとも和解し、だんだんと対立構造がはっきりして来ていた。


「ドイツ人中心でいくべきだろー!」

「兄さん…まぁ、イギリスにとやかく言われる必要はないな」

「まったく、ロシアは邪魔ばかりです!」

「オーストリアさんを困らせるなんて…!」

「ふざけんな、俺の邪魔しやがって芋野郎!」


ドイツとオーストリアの拡大政策、イギリスの植民地政策、この対立である。

「ヴェー、同盟的にはドイツたちと一緒だー」

ドイツにはイタリアがついている。

「あの時の恨み、晴らしてやるんだから!アルザスとロレーヌは返してもらうよ」

「ふふ、みんな僕の家にならないかな」

「欧州に乗じて私も…!」

イギリスにはフランス、ロシア、日本だ。

「勝手にやりねま」

「ウチは関係あらへん」

「親分金ないねん…」

「あいつら元気いがっぺー」

「あんこ大人しくなりすぎだ」

「俺も関わらね」

「我輩に手を出したら後悔させる!」

オランダやベルギー、スペイン、北欧、スイスは中立の姿勢である。



この問題は議会にかけられ、アルレシアは、中立として立場を固めることになった。


ドイツにもイギリスにも、敵対する大義名分はないからだ。

オランダやベルギーなど中立国どうしで関係を深めることにする。

だが、もし、ヨーロッパ中立国が攻撃を受けたら。

アルレシアは、戦争に参加することになっていた。




最初の世界大戦まで、10年を切った年のことである。


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