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ネーデルラントの邸宅は、確かにオランダ、ベルギー、ルクセンブルクが一緒に暮らすことになってはいるものの、やはり実務面からそれぞれの家にいる時間の方が圧倒的に長いようだ。
一応ベルギーの家を案内してもらってから、アルレシアはベルギーが言っていたようにオランダへ行くことになった。
王女はガンに留まり、アルレシアだけ仕事をしにオランダの家に移る。
ベルギーとオランダを行き来するわけにもいかないため、おそらくオランダに滞在することになるだろう。
「そかぁ…残念やけど、仕方あらへんなあ」
ベルギーは少し残念そうにしてくれた。いい子だ。
「お兄ちゃんも頑張ってくれはるといいけど…」
「うん?」
「なーんでも?」
***
デン・ハーグから僅かに離れたデルフト。オランダの家に着くと、屋敷からは誰も出てこなかった。到着予定時刻は伝えてあったし、その通りに着いた。
つまり、出迎える気はなかった、ということだ。
「…へえ、」
同君連合といえど、そして非キリスト教国家といえど、こちらは王国。最低限の迎えはあって当然だ。
さらにいえば、王女は正妻として迎えられたわけで、公妃だ。その出身国にたいして、この無礼。
イライラを隠せないが、なんとかアルレシアは平静を装って屋敷に入っていった。
「…アルレシアだ。誰かいるか」
広いエントランス、少し声を張って呼び掛ければ、女性の使用人が出てくる。
「お呼びでしょうか、アルレシア様」
「オランダはいるか」
「今お忙しいですが…お呼びして参ります」
笑みを見せず、さらには忙しいなどと遠回しに迷惑を伝える。礼儀など欠片もない。
そろそろイライラもピークだった。
ストレスを弄びながら待っていると、使用人に連れられてオランダがやって来る。
「…なんや」
「あぁ、迎えもないからな、着いたはいいけど勝手に動き回るわけにもいかねえから呼んだ」
「…ほんなことで呼ぶんやない」
「そんなこと、ね…」
ずいぶんな言い様だ。むしろ、これは敵意すら感じる。アルレシアは苛立ちが疑問に変わるのを感じた。
なぜ、オランダにこう扱われるのか。
身に覚えがなかった。
「こいつに案内させたるさけ、もう俺は部屋に戻る。下らんことで話しかけんなや」
オランダは使用人に指示し、さっさと部屋に戻ってしまった。
もはや、こちらも呆然とする。
「ではお部屋にご案内いたします」
使用人はやはりにこりともせず、アルレシアを先導する。
耐えろ、そう自分に言い聞かせて黙って歩き出した。
通された部屋は、20畳ほどの執務室、隣の部屋が寝室という構造だった。
さすがに劣悪な環境、というわけではなく、普通の部屋だ。
窓からは遠くデルフトの市街と旧教会の尖塔が見える。仕事机の椅子に腰掛けてその風景を眺めると、ようやく気が抜けた。
「はぁ…なんなんだ、」
初めての同君連合、実質結婚したわけだが、まさかのスタートだ。これでは精神が持たない。
それでも、耐えねばならない。国として、仕事を投げ出すわけにはいかないのだ。
***
結婚から3年。
人間にとっては長い時間でも、国にとっては一瞬だ。
しかし、アルレシアにはまるで人間になったかのように長く感じられた。
オランダの家での1日は酷く単調だ。
起床して、寝室に朝食を配膳されそこで食べ、昼食を挟みつつ執務室で仕事をし、日が沈むと蝋燭の明かりを頼りに本を読む。仕事の関係で家から離れられず、かといって屋敷内に気を許せる者はいない。
誰しもがアルレシアを避けていた。
場合によっては一言も言葉を発しないまま1日が終わることもある。
オランダともあれ以来会っていない。
本国の方も、ブルゴーニュ公との軋轢が高まりつつあり、自由に貿易ができていないようだ。
さらに、仕事を求めてネーデルラントからアルレシアへ渡る者も増加し、国内に浮浪者が増えて治安が悪くなってきている。
このままではいけない、そう思いながらも何もできないまま、さらにもう3年が経過する。
1514年、三十年戦争のちょうど100年前、この頃になるとアルレシアは仕事にも支障をきたすようになっていた。
ずっと屋敷に軟禁状態で一人なのだ、気分が参るし、何より孤独であることがつらかった。
誰にも話せないし、笑えない。
王政成立からフランスとの出会いまでの300年間の孤独が思い出される。
「…もう…いやだ……」
ぽつり。誰にも拾われることのない声が、暗い室内に落ちる。
こんなところ出ていって、イギリスやフランスに会いたい。
だが、そうすれば最後、国に計り知れない影響が出てしまう。
孤独の中で、逃げたいという気持ちと国を想う気持ちに挟まれたアルレシアは、ただひたすら、歴史の流れを待つしかなかった。