トマト一家
アルレシアのつらい過去の話を聞いたヨーロッパ一同は、一斉にオランダにジト目を向けた。
「俺だったら絶対泣かせないのになぁ、夜啼かすけど」
「何言ってんだ髭野郎!」
そんな空気を払拭するように、フランスが下ネタを混ぜて茶化した。もう少し言い様があるのではないか。
「まあ、そういう始まりだったから今の関係があるわけだけどな」
スパイスと思えばそれもまたいい味だ。そういう意味を込めて、わりと落ち込んでいるオランダの手を握る。
「今、好きだから」
「っ!アルレ…!」
オランダは思いきりアルレシアを抱き締めた。その温もりに目を閉じようとしたが、「いちゃつくんでね」とノルウェーに引き剥がされた。
「Buen trabajo!ノルウェー!」
スペインがそう言いながらウインクをかますが、ノルウェーはそれをはね除けた。ウインクが見えていたのだろうか。
「そろそろスペインの話やんなぁ。あー、俺んとこ来てくれとったらなぁ」
そんなスペインに対し、ポルトガルがにこにことしつつも羨ましそうにする。
「お前らといたら何されるか分かったもんじゃねえ」
南欧のエロい二人だ、付き合おうものなら毎日それこそ啼かされる。
「じゃあいよいよ仲直りだね!」
イタリアはそんなやり取りをスルーして続きを促す。
「分かった」
ようやく、オランダが立ち直れる話ができそうだ。
***
1516年。
結婚から8年、ブルゴーニュ公シャルルは、母方の血筋であるスペイン王位を継ぐことになった。以降、シャルルはスペイン語表記の名前カルロスに名を変え、カルロス1世として即位する。
同時に、ネーデルラントの3人とアルレシアはスペインの家へと移ることになる。ヨーロッパの二大経済圏が、今ここにスペイン領となったのだ。
「やっぱりスペインさん家は暑いんやねえ」
ルクセンブルクとオランダ、アルレシアはいったんベルギーの港町、ブルージュに集まると、海路でスペイン北部の港町に着いてから、マドリードに向けて馬車で走っている。そのなかで、ベルギーは手で扇ぎながら何とはなしに言った。
「そうですね、やはりこちらは気温が高いです」
ルクセンブルクは窓の外の日差しに、前髪から覗く右目を細めた。
「アルレ兄ちゃん大丈夫?夏でも涼しいところやから、暑いとこ苦手ちゃうん?」
「好きではねえな、でも、仕事で結構南欧には来るから平気」
スペインとは平均気温が8度以上違うが、仕事柄地中海にはよく来ていたため、そこまでつらくはない。
「お兄ちゃんは平気?」
「ほんなやわやない」
目を閉じていたオランダは、閉じたまま答える。会話に加わる気はないんだろう。
ちなみに、四人席で向かい合うようになっている馬車の中、アルレシアとオランダは対角線の位置にいる。アルレシアの隣はベルギーだ。
オランダとは、目すら合わない。
「アルレ兄ちゃんとお兄ちゃんは二人とも仕事で慣れとるんやねえ」
「お二人が一緒に仕事したらすごそうですね」
「するわけないやろ」
冷たい声で断言するオランダ。一気に空気がまずくなった。
「あ…えと…」
しどろもどろになるベルギーと、無言で考えあぐねるルクセンブルク。アルレシアは、もちろん悲しいとも感じるが、それより呆れてしまった。感情のまま空気を悪くするのは子供のすることだ。
「はぁ…お前らこそ大丈夫なのか?どんどん暑くなるぞ」
「あ、うん、大丈夫!」
「自分もまだ大丈夫ですね」
「あいつの家に着いたら、ワイン飲んでみろ。フランスやロンバルディアの一等品には届かねえけど、結構クセになるのあるから」
「そうなん?それは楽しみやんなぁ!」
「本国に輸入するか試飲する必要がありますね」
ここは年上として空気を直そう、とベルギーとルクセンブルクに話を振れば、二人ともワインの話に花が咲き始めた。スペインもいれば、少しはオランダとのギスギスした雰囲気も紛れるだろうか。
そんなことを考えながら、イベリアの平原を黙って眺めた。