和解
ようやく夏が終わり、気候が和らいで来たある日。
ポルトガルの一件からちょうど1週間後のことだった。
「なぁなぁアルレ兄ちゃん、今日時間あるー?」
「?特に予定はないけど」
手を後ろで組んで上目で見上げる、ベルギーのおねだりポーズにアルレシアは色々と察した。
昔はよく、このポーズで毛織物製品を売り付けてきたものだ。
「ほんま〜?せやったら、これからウチとデートせえへん?」
「…デート?」
何を売り付ける気だこのフランドル商人、という心構えでいたら、思いの外可愛らしいお願いだった。
ベルギーは金の臭いを感じさせない笑顔だ。アルレシアはそうした臭いには敏感なのだ、分からないわけがない。
「別にいいけど…どうしたんだ?急に」
「ふふ、一回普通にアルレ兄ちゃんと遊んでみたかったんや!」
「俺と?…変なの」
自他ともに認める守銭奴商人アルレシアは、そんな遊んで楽しいやつじゃないと自分のことながら感じている。ベルギーの感性はよく分からない。
ベルギーにしてみれば、そんな鈍感さに呆れそうになるが。
「ほな、さっそく行こうや!」
「どこに?」
「麓の街やで!」
スペインの屋敷がある丘の麓に広がる街のことだ。歩いて行ける距離ながら、なかなかに大きな街である。
特に準備などいらないアルレシアは、一旦自室でガウンを羽織ってから財布を持った。
ちなみに、今アルレシアはシュミーズにプールポワン、オー・ド・ショースに浅底の靴を履いている。一般的な上流階級の服装だ。
シュミーズとは白い一番下に着るシャツのようなものである。この時代は前面に詰め物をして膨らませ、全体的にふわりとした見た目だ。アルレシアは絹のシュミーズを着ている。
プールポワンはシュミーズの上に着る上着のことで、長袖のスリットからシュミーズを軽く引っ張り出して見せている。アルレシアのプールポワンは、 ビロード製で紺色に金糸の刺繍がされている。プールポワンの大きく開いた襟からは、レース装飾がされたシュミーズの襟が覗き、袖からも襞のついたシュミーズの袖が手の甲まで隠すように出ている。
オー・ド・ショースはズボンの一種であり、膝上までの半ズボンに詰め物をして少し膨らませている。膨らみの種類によってはバ・ド・ショースともいう。膝あたりで裾が閉じられ、そこから下はストッキングが覆う。アルレシアの場合、ワインレッドのビロードショースに白い絹のストッキング、靴は緑色だ。
そのような服装で普段から過ごしており、スペインのような麻のシャツ姿になることはない。
アルレシアはその服の上に、袖がなく裾がショースの中くらいまであるセーと呼ばれるガウンを羽織った。セーは深緑色で、襟や肩口、裾など生地の縁に沿って金糸と銀糸の刺繍がされている。
「わっ、ええセーやんなぁ!」
「そうか?」
ベルギーのところに行けば、ベルギーは豪奢なセーを褒める。ベルギーもちょっとしたよそ行き用のマルロットというローブにダブリエという前掛けをスカート部分につけていた。白いダブリエには花の刺繍がされている。
「そのダブリエも似合ってる」
「ホンマ?嬉しいなぁ〜」
ニコニコとするベルギーは、やはり愛らしい女性だ。
と、そこへ、どこから話を聞いたのかルクセンブルクとロマーノがやって来た。
「楽しそうな話してますね」
「俺も連れてけこのやろー」
ロマーノは普段の召使いのような服で、ルクセンブルクはアルレシアのような服だが綿織物でできている。
「まぁ…ええけど」
姉貴分という間柄か、ベルギーは拒否はせず、少し拗たようにルクセンブルクたちの同行を許可した。ベルギーがいいならそれでいいアルレシアは、軽くベルギーの頭を撫でてやってから「ルクセンは財布出せよ」と言っておいた。
「そんな庶民の年収の30倍はありそうなビロードや絹の服で何言ってるんです?アルレ兄さん」
「わざと綿織物選んだくせによく言うなぁ?ルクセン」
それくらいはお見通しのアルレシアだ。押し黙るルクセンブルクの背中を押し、ロマーノを抱き上げて玄関へ向かう。
「ほら、行くぞ」
「えっ、でも自分財布まだ部屋に…」
ルクセンブルクは律儀にそう言ったが、気にするなという意味を込めてもう一度背中を押す。
さっきのは冗談だ。
敵わないな、とルクセンブルクは口の中で呟き、アルレシアに従った。