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そこからはオランダの一人舞台だった。
男たちの攻撃をものともせず、アルレシアの周りにいた男たちすら一瞬で蹴り飛ばし、室内の人さらいたちを一掃する。
ものの10分で、部屋は静寂に包まれた。
「…大丈夫か」
「えっ、あ、あぁ…」
オランダは小さく頷き、アルレシアの手と椅子を縛るロープをほどいた。
汚れてしまったアルレシアの上着をちらりと見ると、オランダは着ていたガウンをアルレシアに着せる。
寒かったので、オランダの体温が残るガウンは温もりで心地よかった。
「…オランダ、」
「………なんや」
椅子に座ったまま、アルレシアはオランダを見上げる。オランダは目こそ合わせなかったものの、意識はこちらに向けていた。
「ごめん、ごめんな、俺、何かしたんだよな、お前に…」
オランダはその言葉を聞いて、アルレシアと目線を合わせる。それが 続きを促しているようだった。
「さっき、俺、あいつらにこのままやられるくらいなら死んでやろうと思って…でも、お前に謝んなきゃって、それまで死ねないって思ったんだ。おかしいよな、国のこととか、ベルギーたちのこととか、他に死ぬのを躊躇う理由なんて一杯あるのに…お前のことが、真っ先に浮かんだんだ、オランダ」
なぜ、ずっと会話すらなかったオランダのことが思い出されたのか。それはアルレシアには分からない。
分からないが、とにかく伝えたかった。
「ごめん、オランダ、ごめん、許してくれなくてもいい、嫌いなままでもいい、だから…だから、もう少しだけ、普通に、接したいんだ…」
ずっと言いたいことだった。嫌いなら それでいい。だから、もう少しだけ、普通に話をしたかったのだ。
やっと言えた、本当の後悔をする前に。その安堵から、生理的ではない涙が零れた。
その瞬間、ふわりとアルレシアは温かいものに包まれた。
一瞬遅れて、抱き締められたのだと気づく。相手は一人しかいない。
「オランダ…?」
「のくたかったんは俺やざ…!悪い、許しておくんね、アルレシア…!わらびしいことばっかしてもうて、済まんかった…」
「の、のくた…?わらびし…?」
ちょっとよく分からない言葉だったが、オランダは余裕がないようだ。
アルレシアを抱き締めるばかりで、話が見えてこない。
「…、オランダ、そろそろ…」
そろそろ、アルレシアの気力は限界だった。誘拐され、無理矢理されそうになった恐怖もある。
温もりへの安心感から、意識が飛びそうだった。
なんだか寝たらオランダとの関係が戻ってしまいそうで、アルレシアは必死に言葉を口に乗せた。
「オランダ…助けてくれて、ありがとな…」
そう言い残し、アルレシアは意識を手放した。
***
その後、屋敷で目が覚めたアルレシアは、オランダの態度の理由が「アルレシアがオランダにだけ態度が冷たいと思ったから」だと聞いて、一発腹に入れてやった。
呻きながら踞るオランダに、アルレシアを始めスペインやベルギーからも罵倒が飛んだ。
アルレシアが、オランダの守銭奴的性格に合わせていただけだと言えば、オランダはなんだか自殺してしまいそうなほどに落ち込んだので、今度はスペインたちはフォローに回った。
そんな一騒ぎがあってから、その日の夜。
アルレシアの寝室で、ベッドで上体を起こして座るアルレシアは、ベッドに座るオランダと静かに会話していた。
主にオランダの讒言だ。
ほとんど聞き流していたが、ふとアルレシアは気付く。
オランダ自身、外交や商談の際には余計な話はしないし、冷たい印象を各国に与えている。それはイギリスやフランス、スペインやポーランドから確認済みだ。
ではなぜ、それに合わせたアルレシアだけに反感を抱いてしまったのか。
月明かりが落とす窓枠の十字架の形の影を見つめるオランダに、アルレシアは聞いてみることにした。
「なぁ、オランダ」
「…?」
床を見ていたオランダは、アルレシアの呼び掛けに応じて視線をこちらに動かす。
「お前、なんで俺だけ冷たい態度が癪に障ったわけ?イギリスとかフランスとかに俺と同じ対応されても、同じようなこと感じんの?」
オランダはその質問に目を見開いた。何に驚いたのかは分からない。だが、オランダはしばらく答えを考えて、やがて意を決したように口を開いた。
「…お前が、特別やったからやざ」
「特別…?」
「ほや。俺は、お前が……」
「…、」
オランダは真っ直ぐアルレシアの瞳を見つめた。射抜かれるような視線だが、アルレシアは正面から受け止める。
「お前が好きや、アルレシア」
「―――っ!!」
だから、真正面から受け止めてしまった。アルレシアにとって初めての、いや、ベルギーたちですら見たことのないオランダの、柔らかな笑顔を。
言葉だけでなく全身で、アルレシアへの愛を伝えてくれたのだ。
「まぁ、答えが聞きたいわけやない。むしろ、今までの俺しか知らんうちに答え出されとうない。ほん代わり、これからひってもんに愛したるさけ、覚悟しねま」
今度は、にやり、と雄っぽい笑みを浮かべた。 捕食者のような鋭いそれは、しかし同時に 溢れるほどのアルレシアへの想いも内包していることが容易に見てとれた。
そんな強く直接的に想いを伝えられたのは初めてだったからだろうか。アルレシアの心臓は、少しドキリとしてしまったのだった。