奪え大西洋
1596年、オランダはイングランド、フランスとグリニッジ条約を締結した。
内容は、ネーデルラント連邦共和国の成立と、対スペイン同盟の成立を認めるものだった。
ユグノー戦争末期にメルクール公の起こした独立戦争やカトリック同盟の残党を支援したスペインに対し、フランスは宗教的にスペインを潰す必要があった。また、ハプスブルク家の台頭を防ぎ、ドイツとスペインのハプスブルク家に挟まれた状況を改善しようともしていた。
イギリスは欧州において大国が弱まり、自身が覇権を握るための布石を打とうとしていた。
そんな2国とオランダの利害が一致したため、スペインを共同で倒す方向で話が進んだわけだ。
アルレシアはオランダの総督を国王として認めていたが、オランダはただでさえ大変なときにアルレシアを扱うのは面倒だったこともあり、大幅に自治権を認めていた。
アルレシアはオランダとともに国際貿易を発展させるため、経済連携を拡大し、1602年に設立されたオランダ東インド会社に大規模な出資を行った。
「さて、オランダ。ほぼほぼ独立したわけだけど…どこから行く?」
久方ぶりのオランダの屋敷にて、アルレシアはニヤリと笑いながらオランダに尋ねる。
その手にはブルゴーニュのワイン、そしてアルレシアが座るソファとオランダが挟むように座る反対側のソファの間には、上質な黒檀の机と最新の世界地図があった。
「スペインは俺との戦闘の他に、ケルンやフランスでも戦争を起こしとる。今あいつが手薄になっとるところ、やな」
「…直轄領はさすがに駐留軍がいる、そうすると残るは…」
「こいつ、やざ」
オランダは果物が盛られたバスケットから果物ナイフを取りだし、地図のある一点に突き刺す。
そこは、イベリア半島の西端。
1580年にアヴィス朝断絶により、スペインと同君連合となった大航海時代の先駆者。
「ポルトガル、だな」
スペインと連合し、晴れてオランダの敵となったポルトガルだった。
***
1602年、オランダとアルレシア、そしてグリニッジ条約で同盟したイギリスは、一斉にポルトガルの植民地へ攻撃をしかけた。
特に南米やアフリカにて、ポルトガル植民地を次々と奪っていく。
同時に、ポルトガルが独占していた香料・砂糖貿易をオランダたちが占有するようになっていった。
両者は、大西洋にて船上から邂逅する。
「久しぶりだな!ポルトガル!」
オランダとともに乗る軍艦が、ポルトガルの軍艦と対峙する。国が乗っていることもあり、すぐには交戦せず、スピードを落として止まったところだった。
小舟に乗り込んだオランダとアルレシアは、同じく小舟に乗ったポルトガルと2つの軍艦の中間地点で出会う。
「やってくれるやん、お二人さん」
笑みをひきつらせたポルトガルに、オランダは無言で答える。アルレシアは不敵な笑みを崩さない。
「悪いな、そろそろ俺たちも海に出たいんだ。だから…交代、な?」
そのアルレシアの一言で、ポルトガルはさらにカチンときたらしい。
腰から剣を引き抜き、切っ先をこちらに向けた。その瞬間的な動作は、やはり短くとも世界を股にかけただけある。
「人がようけ苦労して得たもんを、横から美味しいとこ取りか?虫が良すぎるんとちゃうん?」
「いきなり押し掛けて迫ってきたくせによく言うな?」
いつぞやのことを言えば、オランダの目の色が変わった。聞き捨てならなかったらしい。
「どういうことや」
「ハッ、最近ようやく仲直りしたばっかなお前が知らんのは当然や。俺とアルレシアは一線越えた仲なんやで?せやからほんまは俺のもんや」
挑発だ、そう分かっていても、愛する者に関しては冷静でいられないのが男の性だ。
オランダは剣を構えてポルトガルに向ける。
「適当なこと抜かさんとおっけのぉ、ほの目の下の泣き黒子毟り取るで」
「あぁ?そんならお前の額の傷、横にも増やして十字架にしたるで、いつでも自らの悪行懺悔できるようにな!」
「人のもんに手ぇ出そうとしときながら何言うとんねや、こすいマネしよってからに」
「まだお前がアルレシアにひっどいことしよっとったときの話や、50年口も聞かんかったようなヤツに何も言われとうないわ!」
こいつらはなんの話をしているのだろう、といつの間にか蚊帳の外に置かれたアルレシアは考える。
とにかく、このままでは日が暮れる。本国に帰ってやらねばならないこともあるのだ、こんなところに長居はできない。
アルレシアは「おい」と2人の間に割って入る。
「いつまでやってんだ、そろそろ行くぞ。ポルトガル、お前は諦めろ」
「っ、勝てる気でおるんか」
目を細めてポルトガルを見れば、ポルトガルもアルレシアを睨み付ける。アルレシアとて他国にそんなことをされればキレるだろう。
「まぁな。俺はお前のものになる気もねえし。あぁ、でも」
アルレシアはオランダに剣を仕舞わせながら、ポルトガルに向けて笑みを浮かべる。やはり、不敵なものだ。
「お前が俺のものになるのはいいぜ?」
その余りにも男前な発言に、思わず胸がドキリと音を立てたポルトガルだった。
ちなみに、現代になってから「あの時そう言うたやん、せやから俺をお前のもんにしてやー、不良債権ごと」と泣きつくとは、さすがのアルレシアも予想だにしなかったことである。