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一通り周囲の兵士を倒したところで、アルレシアは頬についた返り血を拭った。

「返り血とか…鈍ってんな」

「浴びない気だったんですね…」


初めて見るアルレシアの戦いに、ルクセンブルクは理解が追い付かない。かつての戦いを知るベルギーは、久々に見てしまったと体を振るわせた。


「てか、今回はウチら敵やん…どないしよ、えらい人敵にしてもうた」

そして、前回のモンゴルのときと違い今回はベルギーたちが敵側であることを思い出し、肝が冷える。


「ほんま、アルレがこっち側やったら良かったんやけどねえ」

スペインは泥水の中、アルレシアに弾き飛ばされた剣を探しながら言った。何度も言うが、それだけ切実なのだ。


「…ウチら、もう前みたいに仲良うできひんのやろか…」


改めて敵になってしまったことを実感したベルギーは、寂しそうに呟いた。アルレシアと同じように、ベルギーもスペインの家での暮らしは好きだったのだ。
傍らのルクセンブルクが目線を下げ、「分かりません」と返した。


「この先の歴史次第ですから…」

「せやんね…」


そこに、剣を見付けたらしいスペインが泥水を払いながら加わる。


「そうは言うても、俺ら個人として話す分には構わへんやろ」

「実際問題、話すことができないのでは?」

「そんなもんは何とでもなるさかい、あんま深く考える必要あらんとちゃうかな」


明るく笑うスペインの適当すぎる言葉に、ルクセンブルクは何か言おうとして、やめた。スペインの言うことは考えなしの適当なようでいて、その実真理であることもある。


「大事なんは、好きでいることや」

「…それもそうですね」


ほんわかと意見がまとまった一方、残党をいなしたアルレシアは数十分振りにスペインたちの方に向き直った。
その後ろ、50メートルのところでは交戦が続いている。
どうにも、そこのスペイン軍、恐らくドイツ人は、火縄銃の扱いに不馴れなようだった。当然だ、まだ実用化されたばかりで、戦術だって大成していない。多国籍軍において組織的な戦術を取れるとも思えない。
だから、火縄銃の銃口が、敵を挟んでスペインたちに向いていてしまっても、気付かないのだ。


「ばか、何やってんだあの兵士…!」


火縄銃は発砲時の衝撃が大きく、照準とぶれやすい。そのため、近距離でなければ狙うことなどできない。
兵士と兵士が狙うアルレシア兵の間は20メートル、不慣れでは当たらない距離だ。
それが外れたときの銃口は、ベルギーとルクセンブルクに向いている。


アルレシアは咄嗟に走り出し、2人に駆け寄った。
同時に、火縄銃が発砲され、やはり狙いを外れた。
その瞬間、アルレシアは2人を脇に突き飛ばすように追いやった。驚く2人の顔を見る間もなく、アルレシアの左肩に衝撃。直後、火がついたような熱が生まれた。


「ぐっ…っのやろ、」


痛みを認識する前に、アルレシアは近くのアルレシア兵に撃たせる。突然の指示でも反射で動いた彼らは、交戦していた兵たちを撃ち抜いた。


「アルレ兄さんっ!!」

「アルレ兄ちゃん!!」

「アルレっ!!!」


ルクセンブルク、ベルギー、スペイン、みんな微妙に呼び方が異なるのが面白い、そんな下らないことを考えるくらいには、左肩がひきつるような、やけつくような痛みを発していた。
正直、銃創を負うのは初めてで、慣れない痛みだ。見れば、左肩は文字通り血の気が引きそうになるくらいにはダラダラと血を流していた。
蒼白な顔をした3人に、アルレシアは呆れる。


「なんで敵を心配してんだよ。そもそも国なんだから、個人の人体への単なる外傷はすぐ治るだろ」

「っ!そういう問題やあらへん!!」


今にも泣きそうな顔で、ベルギーは軍服のポケットから綺麗な布を取り出す。ルクセンブルクがそれを受け取って、綺麗にかつ強く傷口に巻く。


「いっ!!っててて、ルクセン、」

「うるさいです、スペインさん」


前半はアルレシアに向けて、後半はスペインに呼び掛けた。


「分かっとる。ルクセンは馬で先に行って、オランダに伝えてき」

「分かりました」

「ベルギーは俺ら用の馬頼む」

「うん、」


近くにいた一人用の馬に乗り、ルクセンブルクはブレダの街に走る。ベルギーは2人乗れる騎馬を探しに駆け出した。
残されたスペインは、アルレシアを背負って歩き出す。少しでも進んでおくつもりだろう。


「だから、敵を助けてどうすんだよ」

「敵やない。今は、大事なアルレや」


まったくもって大げさだ。大げさだが、それがこいつらだよなぁ、とアルレシアは考える。
スペイン領だった彼らは、みんなどこか過保護だった。それが、とにかく暖かかった。


ベルギーが見付けてきた馬で途中からスペインとアルレシアは移動し、ルクセンブルクが顛末を話すなり駆け付けてきたオランダに、ブレダの手前で引き渡した。
オランダは含みのある目線を寄越したが、何も言わずアルレシアを自身の馬に乗せた。すでに傷口は治り始めていたのだが、そんなことは敵も味方もなく誰も聞き入れてはくれなかった。

そうやってスペインたちと離れ、アルレシアはオランダとともに市内に戻る。


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