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イギリスが撃った銃弾に兵士が倒れた音を聞いて、ようやくアルレシアは事態を認識する。
アルレシアの楯となって刃を受けたオランダは、少しずつ力が抜けていっていた。


「オランダ…っ!しっかりしろ、オランダ!!」


オランダは呻くばかりで言葉が出てこない。辺りではまだ激しい戦闘が続いている。


「……少し任せたぞ」


アルレシアは近くの武官に一言託し、オランダを抱えて近くの馬に乗る。
先日とまったく逆だ。アルレシアがケガを負ったオランダを市内へ運ぶ。

いくら国とはいえ、出血が多い。だが、危険な戦場より市内に戻るまで応急手当も待つ方がいい。
焦るな、アルレシアは自身に言い聞かせ、気を抜けば頭が真っ白になりそうなのを奮い立たせた。ここで思考停止すれば最後だ。
ともすれば感情が爆発しそうだが、アルレシアは必死にそれを押さえつけた。


市内に駆け込むと、見ていたイギリスから事情を聞いたのだろう、看護師の女性が手当てを始めた。市内に待機していたアルレシア兵に、手当てが終わったらオランダを市庁舎に連れていくよう指示し、看護師に様子を窺う。


「…容体は、どうですか」

「傷口は浅いですわ。出血が多いですが、国の方なら大丈夫です。ケガの程度で言えば、アルレシア様の銃創の方が酷かったと聞いておりますわ」

「そうか…それなら、安心だ」


安心させるように笑ってみせた強い女性に、アルレシアも薄く笑って返す。きっと、酷い笑顔なのだろう。


「明後日には戦場に立てます。それまでは…」

「分かっています。その穴は、俺が埋めるどころか山に盛ってやりましょう」

「まぁ、これでブレダ地方の灌漑も進みますわね」


理知的で優しい女性だ。アルレシアはさっきよりはマシな笑顔で頷き、踵を返す。
その手には、もう剣が握られていた。


「もう少し無理してくれよ、相棒」


城門にて、戦場を見つめながら剣を縦に顔の前に構え、軽くキスを落とす。
何度も死線を潜り抜けた剣は、欠けることなく輝いてみせる。

そして、アルレシアは戦場に乱れ入った。




***



夜。
オランダは、引き攣るような背中の痛みに顔をしかめながら目を覚ました。ケガに配慮してか、うつぶせの姿勢だ。

「起きたか、オランダ」

「…アルレ、」


そのベッドの横の椅子に、アルレシアが座る。やはり、ここでもまったくこの前と逆である。


「ケガは…ないんか」

「自分がケガしといてそれかよ…」


どこまでアルレシアを気にかけるんだ、と呆れてしまう。


「ほらほうや…アルレにケガないんならええわ」

「あぁ、オランダが庇ってくれたお陰でな」


そう言うと、オランダは自嘲ぎみにアルレシアと目線を合わせた。


「お前の言っとった通りやった…体が勝手に動いつんた」

「それでケガとかすんな、って言いたいけど、俺が言えたことじゃねえな」


先に同じことをしたのはアルレシアだ。オランダを注意する資格はない。だが、どうしても言っておきたいことはあった。


「でもな、俺、心配なんだよ。お前が俺のこと気にかけるあまり、今回みたいな無茶何度とも仕出かすんじゃねえかって」

ここまで献身的だと思っていなかったアルレシアは、恐怖すら感じていた。もし、アルレシアのためにオランダがもっと決定的な傷を負ってしまったら、と。


「どもならんやろ」


しかし、オランダは何でもないように言った。




「ほれが、愛するっちゅうことやざ」




ふ、と優しく笑ったオランダに、アルレシアは息を飲んだ。愛おしい、と雄弁に訴える目が、アルレシアを捉えて離さない。


「ほやさけ、何度も同じこと繰り返すんやろうな」


何度でもアルレシアを守るために無理をしてしまう、ということだ。
アルレシアは、そこで心の中に沸き上がる感情に気付く。
オランダの言葉を聞き目を見た瞬間から渦巻き始めたものだ。その正体を知ったアルレシアは、無意識に口を開いた。


「……じゃあ、俺はそのせいでオランダが傷つかないようにオランダを守る。毎回、必ず」


アルレシアの言葉に、オランダは暫し呆然としてから、目を見開く。


「アルレ、お前、」








「……―――好きだ、オランダ」



言ってみると、ストンと心の中に落ちる感覚。
ずっと、オランダのことは意識していた。最初は自分を嫌っているやつとして、なぜ嫌うのか、と意識を向けていた。
それが和解してからは、自分と同じような価値観を持ち、唯一無条件に頼れるやつになり、自分のことを愛してると臆面もなく言ってのけてくれた。
大きくマイナスに振れていた意識が一気に同じ分だけプラスに振れたのだ。

そして、何がなんでも守ると言ってアルレシアを包み込んでくれた。

そのために傷つくオランダを、同じように守りたいと思った。

それは、紛れもなく愛だった。



起き上がったオランダは、腕を広げてアルレシアに向ける。その腕の中に、ケガに配慮してゆっくり入る。
そして、その肩口に顔を埋めた。

この前と違うのは、正面から2人が抱き合っていることだ。


「…俺でええんか、アルレ」

「お前がいいんだ、オランダ」


最初の結婚から100年近く、2人がついに、本当の意味で結ばれた瞬間だった。


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