三十年戦争: 歴史はヴェストファーレンにあり
1648年、ついに三十年戦争は終結した。
ミュンスター講話条約、オスナブリュック講話条約を合わせたウェストファリア条約が各国の間で結ばれ、以後フランス革命までヨーロッパ世界を構成するウェストファリア体制が構築された。
戦勝国はフランス、スウェーデン、オランダ=アルレシア。敗戦国はスペイン、オーストリア、デンマーク=ノルウェーだ。
フランス・スペイン戦争は1659年まで、オランダ・ポルトガル戦争は1661年まで継続される。
各国の結果はこうだ。
「やったー、結構領地ゲット〜。…でもクライスには入れなかったか…」
戦勝国フランスは、アルザス全域、メッツ、トゥール、ヴェルダン司教領、ロレーヌの一部を獲得し、ライン川西岸の支配を強めた。しかし帝国クライスと呼ばれる帝国の諸侯グループごとの小議会には参加できなかった。
また、1659年のピレネー条約で、スペインからルシヨン、アルトワ、ルクセンブルクの一部、フランドルの一部、ピレネー山脈以北、カタルーニャ北部を獲得している。
「や、やりましたねスーさん!」
「…ん」
同じく戦勝国のスウェーデンは、王女がキリスト教世界の救済を目指したことからあまり多くを要求せず、西ポンメルン、ブレーメン、フェールデンと賠償金500万ターラーの獲得に終わった。獲得した領地は、その公爵位を含んでいたことから、フランスと違いスウェーデンは帝国クライスに参加できた。
「八十年…長かったな」
「…あぁ」
そして、オランダとアルレシアはネーデルラント連邦共和国として独立がスペインからも認められ、主権国家となった。オランダはスペインやポルトガルから植民地の一部を獲得している。ここに、2人の八十年戦争は終わった。
「さすが俺様、ちゃっかり領地獲得しちゃったぜー!」
プロイセンは中立に寝返っていたことから、東ポンメルンを獲得することに成功している。しかし、スウェーデンと西ポンメルンを巡り争い続けることとなる。
「もういいです。私はしばらく自分のことに集中します」
「私もついていますから、オーストリアさん」
「私も疲れましたわ…もう懲り懲りです」
「またオーストリア氏と一緒かぁ…」
敗戦国となったオーストリアは、帝国全般の影響力を放棄し、すべての領邦の主権を認め、国外の信教の自由を認めた。ハンガリー、チェコ、スロバキアなどの直轄領の経営に終始することになるが、それがオーストリアをまた強くさせる。
「決めだ!俺はもう農業国家になっぺ!」
「丸ぐなりすぎだ」
こてんぱんにやられたデンマークは、本土とノルウェー以外すべての領土を放棄し、大人しくなることを決めた。以後、金のない貧しい国としてゆるやかな成長をしていく。スウェーデンだけは負けたくないため、それ以外との戦争は避ける。
「不甲斐ない親分で堪忍なぁ…」
「ま、また頑張ろ、な…?」
「今度は平和的にいきましょう」
「トマトでも食ってろこのやろー」
スペインも敗戦国として、オランダの独立を認め、ピレネー条約でフランスに領土を割譲したが、賠償金も支払えない最貧国となってしまった。ポルトガルの独立も認めるが、このあとリスボン地震によってポルトガルも貧しい国になってしまう。
そんな具合に欧州はまとまり、新たな国際秩序が形成された。
オランダとアルレシアは貿易を推進するが、共和国となったイギリスはウェストファリア条約に参加しなかったことから、オランダと戦争を起こしてアルレシアを獲得し、引き離される。
また、フランスが大暴れし、ロシアとプロイセンが台頭、革命を経て世界大戦へとドミノ倒しのように歴史は進んでいくのである。