終わらない戦争
ポーランドやアイルランド、スコットランドを除くすべてのヨーロッパ諸国を巻き込んだ大戦争、三十年戦争は、1648年にウェストファリア条約という歴史的な形で幕を閉じた。
これで欧州には平和が戻る、そう思っていた国は果たしていくつあっただろう。
結局、ウェストファリアから20年に渡り、戦争が起きていなかった年はなかったのだった。
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まず、ウェストファリア条約締結時に終わらなかった戦争がある。
フランス・スペイン戦争と、ポルトガル王政復古戦争、収穫人戦争だ。
フランスとスペインはユグノー戦争のときから戦い始め、一端休戦を挟んでから三十年戦争で再び戦端を開いた。
その一環としてフランスが手引きしたのが、スペインの内乱である収穫人戦争とポルトガル王政復古戦争である。
これらは両国が疲弊した結果、1659年のピレネー条約、1661年のハーグ条約までにすべて終結する。
一方、ウェストファリア条約と同時に始まったのが、フランスにおけるフロンドの乱とポーランドにおける大洪水時代である。
貴族が起こした内戦であるフロンドの乱において、フランスは一時的に弱体化し、収穫人戦争への支援を打ち切った。ポルトガルも支援を終えられたが、こちらはイギリスが代わりに支援をしてくれていた。
フロンドの乱はすぐに鎮圧され、弱体化した貴族に代わり国王の権限が高まった。
ポーランドは、東欧の覇権国家から転落し他国に勝手に分割されるほどの急速な凋落を迎える。
未曾有の大内乱となった大洪水時代は、ウクライナが起こした反乱に端を発する。
ポーランド貴族の支配に耐えかねた農民が起こした反乱は、ウクライナ人の保護という口実でロシア(モスクワ大公国)の侵入を許してしまい、東側一帯を占領された。
「マジあり得んしー!!いきなり攻めてきて半分持ってくとかなんなん!?」
「お、落ち着いてポー…取り乱したら他のも来ちゃ…アッ」
さらさらの髪の毛を掻き乱すポーランドを諌めるリトアニアは、背後からの気配にぞくりとする。
近くでおろおろとするエストニアやラトビアもしかりだ。
「…おい」
「…またお前なん」
意外にも驚かなかったのはポーランドだった。
ゆっくりと目を細めて、背後を振り返る。その目付きは、まさに東欧最強の名を数百年維持する者のそれだった。
「おめぇら、まとめて家に来」
大抵の者を屈服させる強い視線で睨み付けるスウェーデンと、その後ろで震えるフィンランド。
ポーランドはそれに屈することなく、剣を引き抜いた。
「あり得ん、マジあり得んし。寝言は寝て言ってくれん?」
「…交渉決裂だない」
1655年、スウェーデンはポーランドに侵攻し、西半分を占領した。
一見、スウェーデンが非常に強いように思われたが、スウェーデン軍が占領した地域で酷いほどの略奪を行うと、ポーランドとリトアニアの負けん気に火がついた。
また、スウェーデンの伸長に警戒したロシアもポーランドと休戦し、反スウェーデンに回った。
「わ、悪いなスウェーデン!俺様やっぱポーランドにつくわ!!」
これまでスウェーデンに脅されて従っていたプロイセンは、ポーランドを潰して独立性を高めようとしていたが、スウェーデンがポーランド分割を図っていることを知り、スウェーデンにそれを主導されるくらいならとポーランドについた。
こうしてスウェーデンの数倍の人口と資源を抱えるポーランド=リトアニア、ロシア、プロイセンが総力を上げてスウェーデンに寄ってたかり、 北方戦争として大規模化していった。
一方その少し前、西欧では100年に渡って断続的に続くアルレシアの帰属問題が表面化していた。
清教徒革命によって共和国となったイギリスと、覇権国家オランダとの間で発生した第一次英蘭戦争の中で、アルレシア王位を持つ資格のある者の定義が揺らいでしまった。
結果、それはアルレシア王位を狙う各国が欧州で戦争が起こる度にそれを主張するという事態を招き、アルレシアの国力が衰退することとなった。