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このとき、遡れる最後の直系の子孫は、神聖ローマ皇帝カール5世と結婚したアルレシア王女マリアだ。
マリアは男を産めないまま崩御したため、カール5世はポルトガル王女と再婚し、フェリペ2世などを生んでいる。
マリアがカール5世に王位を与えていたために、カール5世はフェリペ2世にその座を継承したのだが、オランダとともに独立する際、アルレシア王府は血筋を優先することを決めた。
その結果、マリアとカール5世の間に生まれた姉妹の長女アンと、再婚した相手であるオラニエ公ウィレムの間に生まれた男児アイクなら、アルレシア王家の血が流れているためそちらに王位を認めたのだ。
アイクは虚弱だったため、ウィレムはアイクを説得して王位を異母弟マウリッツに譲位させた。王府も独立戦争の最中だったのでそれを認めた。
当然、勝手に王位を奪われたフェリペ2世は怒ったが、独立されてはどうしようもなく、そのままウェストファリア条約で認めた。
しかしそれを認める必要がなかったのが、条約に参加していなかったイギリスである。
共和国の代表となっていたクロムウェル護国卿は、マウリッツ以降、アルレシア王位を血が繋がっていないオラニエ=ナッサウ家が継承していることに隙を見つけた。血筋を優先すると言ってフェリペ2世から王位を剥奪しておきながら、アイクからマウリッツ、マウリッツからその弟や子供に王位が移るのを許しているのだ。
さらにクロムウェルは、マリアとカール5世のもう一人の娘、アンの妹であるカトリーンにも注目した。
ブランデンブルク公ヨアヒム1世に嫁いだカトリーンは、娘アイリスだけを生んだ。アイリスはザクセン公モーリッツと結婚し、やはり娘エリザベスを生んだ。エリザベスはフランスのヴァンドーム公ルイと結婚し、ようやく息子シャルルを生めた。ちなみにヴァンドーム公ルイは、フランスブルボン朝初代国王でありユグノー戦争を終わらせたアンリ4世の兄である。
それゆえ、シャルルはプロテスタントとして育ち、同じくプロテスタント筆頭だったコンデ公アンリの娘カトリーヌと結婚した。
だが、ユグノー戦争の中で虐殺を逃れるべくシャルルとカトリーヌは亡命し、その後は行方が分からない。
カトリーヌの父であるコンデ公アンリも、シャルルの叔父であるアンリ4世も、このときパリに幽閉されていたからだ。2人を助けられる者はいなかった。
こうして唯一、アルレシア王位を正統に継げるシャルルが消息不明になってしまった今、血筋の観点から王位を選定することは不可能だ。
そうであれば、王府が王位をマウリッツに譲渡したのを認めたように、オラニエ家からイギリス側に王位を譲らせても構わないはずだった。
1651年に制定された航海法により、オランダとアルレシアはイギリスに戦争をしかける。勝った暁には、王位をもらおう。
そのような考えで、イギリスは英蘭戦争を戦ったのだった。
***
1654年、ウェストミンスター条約により、第一次英蘭戦争は終わりを告げた。
その中で、アルレシア王位は護国卿クロムウェルに譲られることとなった。
この条約では、オランダからオラニエ=ナッサウ家が追放されることになっており、代わりのネーデルラント連邦全体の総督は決められていなかった。そのため、オランダはこれより無総督時代という国のトップが誰もいない状態となる。
確かにそれではアルレシア王位も空白になってしまうが、それだけは王府が許さなかった。空位となるくらいなら、と王府はイギリスと同君連合のようになることを認めたのだ。
ここに、王府のとりあえず国王がいればいいというスタンスがはっきりする。
「オランダ、そんな落ち込むなって」
「無理や」
「そこは断言なんだな…」
1585年にアルレシアがオランダと戦い始めてから今に至るまで、ずっと2人は新婚のような生活をしていた。
よもや一緒に毎晩寝ることになるとは思ってもみなかったアルレシアである。
お互い愛し合っているし、アルレシアにとっても気持ちのいいことではもちろんないが、そう生活が様変わりするとも思っていなかった。
「枢密院がある限り政治はイギリスにはできねえし。オランダもよく知ってるだろ?」
アルレシアには枢密院という貴族による議会が存在する。基本的には国王が政治を行うが、国王が幼いとき、国王がやる気がないとき、そして今のように国王が外国と同君連合である場合に召集される。
枢密院議員となれる貴族は10人に決まっているが、その他に官僚や専門家、外交官や外国の議員などが必要によって集められるため、人数は定まっていない。
枢密院と官僚機構、専門家組織などを総合して王府と呼ぶ。
オランダは経済の担当者だけを枢密院に派遣し、あとは枢密院に任せてアルレシアの政治にはノータッチだった。
「ほういう問題やない。アルレが近くにえんことが問題なんやざ」
「遊びに来るって。…てか、俺だってオランダと離れるの、嫌に決まってんだろ」
ばーか、と呟きながら、アルレシアはオランダに抱きつく。オランダはしばし突然のデレに固まったが、とりあえず「かわええ」という本能に従って抱き締めた。