狂気のポーランド分割


アルレシア以外の欧州国家は、総じて国内の改革に取り組んでいたが、外交的に大きな事件となったのはポーランド分割である。


「リト!もっかい俺らの時代作るし強力しろ!」

「も〜…いっつも急なんだから」

「うふ、楽しそうな話してるね」


七年戦争終結直後、ポーランド=リトアニア共和国はロシアからの干渉が急激に強まっていた。大洪水時代、大北方戦争、ポーランド継承戦争と立て続けに大きな戦争を経験していたポーランドは、すでに往時の覇権はなく、ロシアの女帝エカチェリーナ2世の傀儡王スタニスワフ2世が即位した。
しかし傀儡だと思われたのは最初だけだった。スタニスワフ2世はこれから、ポーランドを世界最初の民主主義国家として、誉れ高い立憲制を敷こうとしていたのである。

もともと、ポーランドがここまで外国の干渉を受けることになったのは議会制度に重大な不備があったためであった。
ヤギェウォ朝の王位継承をめぐる混乱は、ポーランドに選挙王政という独特の王政を成立させ、貴族たちは自分たちの利益を最大化すべく極端な自由主義を行った。

なんと、各議員に個人的な拒否権があり、1人でもそれを行使すると法案が否決されてしまうのだ。
しかし、ポーランド人は何度も話し合いを重ねて国家の運営を行うという点が歴史的に共通しており、このときも連帯していた貴族議員たちが常に話し合って法案を通していたため問題はなかったのである。

それが変わったのは、自由主義の弊害が出て来た頃だった。
折りしも21世紀の昨今、世界は自由主義による貧富の差が拡大している。世界に先駆けて自由主義国家となっていたポーランドはこれが真っ先に発生し、貴族たちの間に所得格差が生まれ、それが連帯を弱めて法案が通らない政治混乱につながった。
農民たちの間でも、新大陸からの穀物輸入によってポーランドの穀物の輸出競争力が下がり、農民の賃金が減少して禁止されたはずの農奴制に近しい状態にまで労働環境が悪化した。これを再版農奴制という。特にそれはリトアニアやウクライナなど東方辺境で深刻化して、それが内戦を引き起こすことになった。

スタニスワフ2世はこうした現状を改めてポーランドを再興するべく、啓蒙思想による上からの近代化を推進していった。
その改革に反対する勢力を潰すべく、エカチェリーナ2世率いるロシア帝国は内政干渉を本格化、小規模な内戦が頻発するようになった。


「なぁ坊ちゃん、ポーランドでのロシアの動き、ちょっと怪しくねぇか」

「あなたと同じ意見は癪ですが同感です」

「一言多い」


そんなロシアに警戒したのは、数年前まで熾烈な大戦争を繰り広げていたプロイセンとオーストリアだった。
シュレジェンを諦めたマリア・テレジアは、息子ヨーゼフ2世を形式的な君主としつつ国家の改革を進めており、プロイセンのフリードリヒ2世(大王)も疲弊した国土の再建を進めていた。
そんな2人にとって、隣国であるポーランドでロシアの影響力が高まることは懸念すべきものだった。

一方でロシアはロシアで、傀儡のつもりで建てた王が国家の再興に向けて動き出しているのを見て警戒していた。豊かな国土を持つポーランドが本気でやれば、ロシアの影響力は簡単に排除されてしまう。

そこで、プロイセンはロシアとオーストリアを誘ってポーランド分割を提案した。


「おいおいポーランドよぉ、俺たち隣国がせっかくお前ん家の混乱鎮めるのに協力してやってんのに、協力する気はねぇのか?」

「まったく、国内の混乱を放置するなどお馬鹿さんとしか言いようがありません」

「迷惑受けるの僕たちなんだよね。君の家で利権を失う貴族や市民の自由を僕たちが『守って』あげないといけないよね」

「…っ、正気じゃないしー」


3か国はそれぞれ領土を勝手に併合し、それを承認しなければ更に併合するとスタニスワフ2世を脅した。
ポーランド議会は大混乱したが、反対を押し切ってスタニスワフ2世は脅しに屈し、分割を受け入れた。


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