ヴロツワフ奪還戦
窓ガラスが割れる音、木が爆ぜる音、レンガが崩壊する音、馬の蹄の音。
赤い炎、茶色い柱、グレーの石畳、褐色の馬。
すべてが混ざった地獄のようなヴロツワフ市内、アルレシアは馬を叱咤し、スカーレットの地に黒い2対のライオンと王冠がついた国章が描かれた国旗をはためかせ、混乱するモンゴル軍を片っ端から斬り倒していた。
火の粉を舞わせながら崩れ落ちる建物を避け、バランスを崩した敵をまた一人叩き落とす。
「インフェルノに送られてえやつから前へ出ろっ、東方の無作法な蛮族が!!」
現代のアルレシアでは考えられないような獰猛な言葉で敵を怯ませ、隙を突いて切りかかる。
文字通りインフェルノ―――地獄と化したこの街で、まさにその番人のような威圧だ。
「アルレシア様!敵はあらかた逃げました!」
通りを駆けるアルレシアに並走して、伝令が叫ぶ。
「ちっ、逃したか…まあいい、残りを片付けるぞ」
「しっ、しかし、これ以上市内にいたら…!」
「…そうだな、なら、お前らは全員市外へ。俺1人で片付ける」
「そんなこと!」
黒煙が町中に立ち込め、多くの兵士が咳き込んでいる。
そろそろ人間の限界だ。
「黙って言うことを聞け。…俺は1人として、民がいたずらに死ぬのを認めない」
しっかりと伝令を見詰めれば、彼は言葉に詰まってしまう。
それはそうだ、とんでもない命令をしているのだから。
命令に従わなければならないが、上官を1人置いていくこともできないだろう。
「心配すんな。俺を誰だと思ってる?」
「…、北海の覇者、」
「分かってんじゃねえか。俺の民として生まれたんだ、俺の勇姿を遠くからでも刻んでおけ」
「っ、はい!」
「いい子だ」
見惚れるような笑みを向けられた伝令は、もう迷うこともない。
命令通り、他の兵士を連れて市外へと脱出していった。
***
イギリスたちがヴロツワフに着いた頃には、ヴロツワフは炎に包まれ、豊かなシロンスク公国の都の面影はなくなっていた。
「ヴロツワフが、こんな…」
その様子に愕然とするのは、神聖ローマ帝国の名門、オーストリアだ。一緒にいるイギリス、フランス、ベルギー、オランダ、そして神聖ローマも言葉を失う。
そこへ、馬の蹄の音とともにポーランドとプロイセンもやって来た。レグニツァでの惨敗で、あちこちボロボロだ。
「派手にやってるしー…」
「くそ、あん中にアルレシアがいんのかよ…!」
アルレシアが市内にいることは知っているようで、炎上する街に顔を険しくする。
「いくら国でもあんな中にいたら…」
アルレシアの思考回路からその行動を予測したフランスも苦言だ。
「とりあえず正門へ行くぞ、他の門は崩落してる」
イギリスは冷静に分析し、馬を向ける。アルレシアが戻るとしたら、唯一残った正門だけだ。オーストリアも自らを奮い立たせ、手綱を握る。
「…大丈夫か」
その後ろに座る神聖ローマの心配げな声に、オーストリアは首を縦に振った。
「アルレシアの言葉を真似るのなら…復興に金が動くのだから、元気も出るというものです」
「………無理するな」
少し引き気味の神聖ローマである。
だがしかしアルレシアが言いそうなのもまた事実であった。
正門に回ると、メインストリートが真っ直ぐ見える。両側の建物は炎に包まれ、今にも崩れそうだ。
そのなかで、アルレシアが数人の残党と戦っていた。
「あいつ、まだ…!」
イギリスは戦いを続けるアルレシアにやきもきとした。早くしないと、という焦りだ。
しかし、それは杞憂に終わる。
囲まれていたにも関わらず、アルレシアはあっという間に敵を倒してしまったのだ。
そして、周囲にもういないことを確認すると、こちらへと猛スピードで駆けてくる。背後では連鎖的に建物が崩壊し、追われるように馬を走らせていた。やがて崩壊は城門へと達し、門が崩れ落ちる、すんでのところでアルレシアは瓦礫をくぐり抜けるように市外へと飛び出した。
甲高い嘶きを上げて馬は止まり、アルレシアはその首をあやすように撫でる。そこでようやく、アルレシアはイギリスたちに気付いた。
「えっ、何やってんのお前ら」
「それはこっちのセリフだよ!」
フランスの突っ込みが炸裂するも、「見ての通りだけど?」と飄々としている。
「見ての通りって…敵陣で1人で戦うことが!?危なすぎる!」
フランスに続いて、イギリスも声を上げる。
「そうだぞ!こんな燃え盛る街で…」
「俺様が油断していたとはいえちょっと押された相手だぞ!?」
「プロイセンと俺をこてんぱんにしたやつらなんよ??」
「ポーランドあなた…はぁ、まあ、お馬鹿さんなのは確かですね」
「感心は、しない」
プロイセンやポーランド、オーストリアに神聖ローマも言葉を続け、ベルギーとオランダも初めて見る戦いの現場で萎縮しながらも大きく頷いた。
それに気分を害したのはアルレシアだ。
心配してくれているのは分かるが、これではまるで―――
「ずいぶん、信用ねえな?」
血に濡れた剣の切っ先を、目にも止まらぬ速さでイギリスに突き付けた。
「まるで、俺が弱いかのような口振りなんだけど?」
「弱いっつーか、」
ダンッ!とアルレシアは言葉を遮り、国旗がはためく棒を地面に突き立てた。風に吹かれ、スカーレットと王冠が輝く。
「心配してもらえんのは嬉しい…けどな…」
真剣な顔と雰囲気が揺らぎ、アクアマリンの瞳をひそめアルレシアは妖艶に微笑む。
「……―――年上ナメんなよ?」
背景には燃え上がる街、返り血を浴び、国旗をはためかせ、剣を向け微笑むアルレシアの恐ろしさと美しさは、後世まで化け物のような「北海の覇者」というイメージを語り継がせることとなったのであった。