革命戦争: 諸国民の戦い
8月から9月にかけて、対仏大同盟はエルベ川流域の北と東から侵攻を開始した。スウェーデンとプロイセンは順調に勝利して、北東ドイツ全体を制圧、マグデブルクに至り更に南下していった。
一方オーストリアとロシアはドレスデンの戦いでかなり苦戦した。大都市であることもあってその戦闘は激しいものだったが、なんとかフランスが勝利した。
しかしその後の追撃でフランスは敗北、有力な将軍を失ってしまった。
フランスはエルベ川本流域からの撤退を余儀なくされ、大きな支流であるザーレ川に注ぐヴァイセ・エルスター川方面へ逃れ、その川に面するライプツィヒにて立て直しと同盟軍の迎撃を図った。
その頃にはバイエルンがライン同盟を抜けてフランスから離れており、ここで負ければフランスは本国へ帰らないと危険な立ち位置に置かれてしまうことになる。ライプツィヒ西方に広がるアンハルト地方しか、ドイツからフランス本国へ逃れる道がないからだ。
ライプツィヒにて、フランスに対してプロイセン、オーストリア、ロシア、オーストリアが武器を向ける。ヴァイセ・エルスター川まで軍艦と補給艦を差し向けたアルレシアの兵もいた。
「ここまでだなフランス!俺のドイツからは出てってもらうぜ!!」
「あなたのではありませんが、私のドイツにあなたの居場所はありません」
「みんないつか僕の家においでね」
3人の野心しか見えないセリフはまったく協調性がない。だがそこに勝機を見出すほど、フランスは彼らを舐めてはいなかった。
「ちょっと多勢に無勢じゃない!?」
「自業自得だない」
「スウェーデンの言う通りだな」
冷静に言うスウェーデンにアルレシアも同意すれば、フランスは悔しそうにしながらも腕を掲げる。砲兵への合図だ。
「でも…俺だって負けるわけにはいかないんだよね!」
そして、ライプツィヒの戦い、別名、諸国民戦争が幕を開けた。
同盟側とフランスは一進一退を繰り返し、やがて小競り合いをしながら増援と合流する。といっても、フランス側にはロマーノとライン同盟の2万にも満たない数しか来なかったのに対して、同盟側には10万人あまりがやってきていた。
フランスと一緒に戦っていたザクセンも離脱し、ポーランドの元国王スタニスワフ2世は指揮官としてこの戦いで死亡した。
ナポレオンは敗北を悟り、アンハルトが封鎖される前にとヴァイセ・エルスター川を渡って撤退を始めた。そこをアルレシアが追い打ちをかけて砲撃してやり、ついにライプツィヒの戦いは同盟側の勝利でもって終わった。
フランスの敗走によってライン同盟は解散し全ドイツが解放、ヴュルテンベルクやヴェストファーレンなども対仏大同盟に参加した。もはやフランスは孤立無援となった。
ライン川戦役をやらずしてフランス本国への侵攻が可能になると、アルレシアは戦争の終焉を予感する。これまで戦ってきたのは、すべて本国の国防のためであり、それと同時にイギリスから譲歩を引き出して国力を維持するためだった。もうその目的は達成され、これ以上の戦争は無益だ。
最後にアルレシアに残されたノルマ、それはネーデルラントの解放だ。これをもってアルレシアの国防は担保される。
事前に同盟側に南ネーデルラント解放の段階でアルレシアはベルギー以西には進軍しない旨を通達したが、あまり力のないアルレシア陸軍がおらずとも、海軍すら持たない寄せ集めのフランスの討伐に支障はない。各国は頷くと、アルレシアを主力とする部隊が一斉にネーデルラント地域へ派兵した。
同盟側の陸軍勢力がハノーファーを制圧し、そのままオランダに入ってリンブルフ、ユトレヒト、アムステルダムを解放する。
一方でアルレシアは海軍の大艦隊と輸送艦によって派兵し、海からハーグ、デルフト、ロッテルダムを解放した。首都機能があるこれらの都市を抑え、ライン川渡航を手助けするのである。