ウィーン講和: 会議は踊る、
「アルレシアの交渉力は末恐ろしいな」
ナポレオンをめぐる大動乱と、それを通商として乗り切ったアルレシアの話を聞いたドイツは、すっかり感心していた。
もとはオランダとの馴初めを聞かせて欲しいと言って始まった、このヨーロッパ会議の振り返りタイムは、かなり長いこと進み、もはやすっかり老人国家たちの感傷に浸る会となっていた。
少人数で酒の席でこういうことになるのはよくあることだったが、こうして全員であの頃を思い返すのは初めてだろう。若いドイツはそれだけで興味深そうにしている。
「アルレシアは昔からいつでもそうだったよ。お兄さんも、あとついでにイギリスも、よくしてやられたよ」
「お前のは自業自得だろ一緒にすんな!」
被害者ぶるフランスに憤慨するイギリス。まぁ、その通りだろう。
そこでオーストリアが口を開く。
「アルレシアの巧妙な通商作戦に搾取されるのはこのあとです。心しておきなさい、先のFTA交渉の成立で浮かれていると足元を掬われますよ」
ドイツの嫌そうな顔に、思わず噴き出した。
***
ワーテルローの戦いに前後して、1814年。ナポレオンがもたらした大戦争は、欧州の国境をことごとく破壊した。これほどの国境の移動は、このあと世界大戦まで起こらない。といっても、このときすでに第一次世界大戦まで100年を切っているのだが。
そうして、その後の欧州世界の在り方を議論するべく、主権国家たちが一同に介することになった。ウィーン会議である。
ウィーン郊外にあるシェーンブルン宮殿の鏡の間、巨大なホールの片側に豪華な鏡の壁が儲けられたシャンデリアの輝く空間が舞台だ。
外観の落ち着いた黄色からは想像できないほどの豪勢な部屋の数々は、落ち目といえどドイツを牛耳るハプスブルクの力を感じさせる。
「まさか、欧州全員が集まるとはな。三十年戦争の講和だって、イギリスとか中立国は来なかったってのに」
「ほやな。ほれだけフランスが迷惑やったっちゅうことでもある」
「そしてその後の世界を恐れてるってわけだ」
エントランスから赤い絨毯の上を歩き、鏡の間へ向かう。ドイツ地域の小国たちの合間を縫って、アルレシアとオランダも歩いていた。
フランスがもたらしたのは破壊だけではない。近代的法体系とナショナリズム、そして民主主義的価値観だ。
もはや民衆は権利の味を知ってしまい、国家に属する民としての自覚を持った。こんなことは歴史上初めてだ。
各国ともに、賠償や領土拡張なども考えていないわけではないが、戦前にすべてを戻すというのが現実的であることもわかっていた。
そうして各国が鏡の間に集結すると、いよいよ会議の火蓋が切って落とされた。
「皆さん、今回はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます」
長いテーブルの中央、オーストリアが開幕の挨拶を行う。全員の目線が集中するが、かつての神聖ローマ帝国はそれだけでこの10倍以上がいたのだ、慣れたものだ。
その神聖ローマは、もういない。
1803年、フランスによるライン左岸の占領によって領土を喪失した諸邦たちの補填のため、帝国会議が開かれた。通常の会議では人数が多すぎて決まらないため、クライスという諸邦のグループの代表だけが集まった。
この帝国代表者会議主要決議によって、弱小な諸侯は他の有力諸侯のもとに権利を差し出す陪臣化などを行うことになり、30ちょっとにまで数が減っていた。
そのため今も、ドイツ地域からは30人と少しだけしか来ていない。
「かの大戦では、私たちは大きな混乱に見舞われました。いまだに安定からは程遠い現状です。そこで、戦後処理について話し合いたいわけですが…」
「ちょーっといいかな?」
そこへ、フランスが割り込んだ。元凶の言葉に、いくつかの国から殺気が飛んだ。それをものともせず、フランスはいつもの飄々とした態度で大仰に話し出す。
「お兄さんも被害者なの!分かる?なぜなら今ここにいる俺は、帝政の代表でも、共和制の代表でもない…強引にその座を奪われたブルボン王政の代表なんだから」
なるほどな、とアルレシアはため息をつく。静まり返った室内、すべての国がフランスの意図するところを察していた。
あくまで被害者、それは民衆によって倒された王朝の代表であるから言えること。
ここから見えてくることは2つ。フランスはかの革命をなかったことにして、国体を絶対王政に戻す。そして、同様の秩序再編を、つまり欧州を完全に元の状態に戻そうとしているということだ。
かつての専制政治に戻したいのはどの国も同じであり、国民に権利など与えたくない。一方で、フランスと戦い続けた国々、とりわけ列強からすれば、あれだけの戦争をして得るものがなかったという結果も避けたい。
どの国も微妙な立ち位置におり、フランスはそこを突いてきた。