ウィーン講和: されど進まず
よくやるな、とアルレシアは感心すらしつつ、利害の一致を感じて掩護射撃に出ることにした。
「…そうだな、フランスがそう言うなら、国境も革命以前に戻さねえとなぁ」
「アルレシアもそう思うでしょ?」
「じゃあアルレシアは、あれだけ戦ってなんもいらねえのか?」
アルレシアの出方を不思議に思ったらしいイギリスが尋ねる。その声音の固さから、そう思っているわけではないことが容易に分かった。
「まさか。ちゃんと返してもらいはするさ。…通商協定でな」
「…、まっ、アルレシアはそう来るよなぁ」
アルレシアの流し目に、イギリスは息を詰まらせる。そしてそれをゆっくりと吐き出してから苦笑した。長い付き合い、それもあの戦争でずっとともにいたのだ、それくらい理解しているだろう。
「ですが、北イタリアの国境はひどく破壊されました。国家として立ち行かないところもあります。新しい形での再編は避けられません」
「オーストリアさん…?」
そんな北海の二人に対して、オーストリアは静かに反論する。舞台とされた北イタリア、ヴェネチアーノはいつもの陽気な姿ではなく、不安そうにしていた。
「ドイツ地域もそうだぜ。小国は存続できねえとこも多い。それに、あんだけ戦って領土獲得がねえってのも、国民は納得しねぇよなぁ?」
「プロイセン君の言う通りだね。ポーランドの国境も考え直さないと」
オーストリアに応じたのはプロイセンだ。同様の趣旨で、神聖ローマが消滅した残骸の処理を提案する。しかしその言葉には野心があからさまで、ロシアも同調した。
さらにロシアは続ける。
「それに、フランス君は別としても、明らかな敗戦国だっているわけだしね…ねっ、デンマーク君?」
「…っ、」
ぎくりと大きな体を固まらせたのはデンマークだ。帝政フランスと同盟していた。フランスが復古王政の代表としている今、デンマークはフランスに梯子を外されたようなもので、たった1人で敗戦国扱いとなっている。
「おめもフランスさ言うごど聞いてフィン取ったべ。返せどは言わねが、偉そなごど言うんでね」
そんなロシアに冷たい声を浴びせたのはスウェーデンだ。フランスの指示で、スウェーデンに侵攻してフィンランドを占領している。現在もフィンランドはロシアの支配下にあり、この体制は1809年には確定していた。
貧しいフィンランド自身、ロシアとの戦場にさせられることへのスウェーデンに対する反感はないわけではなかったし、ロシア帝国から広範な自治権を与えられた事実上の独立国扱いとなったことは喜ばしかった。
そしてスウェーデンも、友好国であるフィンランドをナポレオンやロシアに対する犠牲としたうえで、フランスの同盟国たるデンマークに懲罰的な戦争をしかけノルウェーを占領する試みに国内貴族から批判があった。
ホルシュタイン=ゴットルプ朝の終焉とともに王室に招かれた、フランスでのナポレオンの政敵ベルナドット元帥がカール14世として即位し行った大胆な国境政策である。以降、現代までベルナドッテ朝が続いている。
そして1812年、スウェーデンは対仏大同盟参加の代わりに、イギリスとロシアにノルウェー併合を認めさせていた。
「えー?でも、ノルウェー君のことゲットしたわけだし満足でしょ?フィンランド君を僕から守ることを早々に諦めたのはそっちだしさ」
「…馬鹿にしてんのけ」
「負けは負けだよ、デンマーク君も…スウェーデン君もね」
今にも開戦しそうな両者。イギリスは面倒そうにしながら、「やめとけ」と諫める。
「講和会議だろうが。まぁ、ロシアの言い分ももっともだ。負けは負け。フランスの指示だろうと戦った結果には講和が必要だろ。オランダとかな」
「…返す気もあらへんくせによう言う」
フランスの傀儡としてイギリスと交戦したオランダ、その海外領土は依然としてイギリスの支配下にある。
別にオランダを支援したいからではないが、それにはアルレシアも再び口を開く。
「負けた国の賠償だけじゃねえ。味方してやったヤツらにも、きっちり借りは返してもらわねえと。…なぁ?」
アルレシアはそう問いかけながら席上を見渡す。同盟し続けてやったイギリスはもちろん、同じくプロイセン、オーストリア、ロシアといった列強、解放を手伝ったという意味でフランスやスペイン、ポルトガル、オランダ、ドイツ諸国。ほぼすべての国に恩を売ったと言っていい。
「…埒が明きません。明確な勝者も敗者もほとんどいない以上、長丁場は覚悟しなければ」
険悪で張り詰めた雰囲気に、オーストリアはため息混じりにそう言った。
これが、『会議は踊る、されど進まず』と後世に言われることになる原因だった。