ウィーン講和: ネーデルラント併合案
ここでの休憩は、休憩ではない。
ワイン片手に、シェーンブルン宮殿に無数にあるサロンで国ごとに集まって密談をするのだ。全員がいる場では話せないことを話して口裏を合わせるのである。
といっても、この段階でアルレシアは特に用事はない。オランダも同様だ。イギリスと海外領土について話すつもりだろうが、イギリスは今回はどこかに行ってしまい見当たらない。
「俺らはケーキでも食ってよう」
「さっき昼食やったやろ」
「また別だろ。あ、そこの、白ワイン2つとタルトタタン」
廊下を行き交う使用人の1人に声をかける。相手がアルレシアだと気付き、少しビクビクとしながら返事をした。
オランダと二人で適当なサロンに向かいながら、そんなに圧力をかけていただろうか、と訝しむ。
「そんな怖いか?ま、これでアルザスの白じゃなかったら苛めてやろっかな。こんな涼しくて気持ちいい日にボルドーの重いやつ持ってきたらぐちぐち言うわ」
「ほういうとこやろ」
近くの小さなサロンに入り、豪奢な椅子に腰かける。小振りなテーブルはアーチが見事で、さりげなくマイセンの陶器で飾られた花が乗っていた。白を基調としたテーブルの軸足の中程に埋め込まれているのは翡翠だろう。
程なくして、先ほどの使用人がきちんとアルザスの白ワインとタルトタタンを持ってきた。オランダには上質そうなクッキーだ。
二人きりになると、やっと一息つける。
「さて…やつらはどう出てくるかな」
「アルレの要求を領土で代替させようとしても、他の列強とのバランスを取るんが難しなる」
「そ。恐らく…ネーデルラントか海外領土ってカードを切ってくるだろうな。ロシア、プロイセン、オーストリアはバランスをドイツとポーランドで取ろうとするから、それに触れないでかつイギリスとフランスが何も失わないのは、ネーデルラントか海外領土だろ」
「俺はまたアルレと結婚できんなら願ったり叶ったりやな」
「今度はどっちも王冠あるけど?」
「……分かっとる」
オランダを併合するなどオラニエ家が許さないし、逆もまた然り。
「もはや南ネーデルラントはどの国にとっても廃墟だらけのお荷物。でも、かの低地にはフランスとの緩衝材としてそれなりに強い国家が必要だって列強は思ってる。統一の方向で話が進むんじゃねえの」
「ほやな、俺の海外領土をイギリスに渡して、交換のように南ネーデルラントを併合するっちゅうのは現実的やろ」
アルレシアは上品な甘さのタルトにざくりとフォークを刺す。こうして一度バラバラになってしまったタルトは、もう1つには戻らない。
一度離れてしまった南北のネーデルラントも、恐らくもはや1つを保つことはできないだろう。しかしそれは口にせず、代わりにタルトを口に放り込んだ。
***
休憩が終わり、それぞれ鏡の間に戻ってくる。同じような配置で卓につくと、どこか含みのある顔をしたイギリスが目に入った。長い付き合いだ、やつのポーカーフェイスなど簡単に見破れた。
「さて、では再開しましょうか」
「なぁ、提案があるんだが」
「なんでしょうイギリス」
白々しいな、とアルレシアは呆れる。先ほどイギリスがいなかったのはオーストリアのところにいたからだろう。他の列強には話をしていないようだ。
「オランダと南ネーデルラントを統一した上で、アルレシア領にすんのはどうだ?アルレシアは大陸に領土を持つだけの働きをしただろ」
やはりそう来たか。隣のオランダが少し身じろぐ。嬉しさと期待と、そしてオラニエの王冠への不安だ。
南ネーデルラントを領有するオーストリアは即座に頷いた。
「私もそれは妥当な提案だと思います」
大方、アルレシアの経済的要求を恐れたイギリスが、通商協定という形を避けようとオーストリアに声をかけたのだろう。意図を察した他の列強もすぐに明るい表情を作った。名案だとばかりに。
「俺様も賛成だ。フランスとドイツ諸国の間に、緩衝となるような大きな国が必要だろ」
「僕も異論はないよ、西欧には興味ないし」
「お兄さんも賛成」
ラインラントを領有するつもりのプロイセンは、緩衝国家としてアルレシアの大陸領土ができることに前向きだ。ロシアはこれについては興味がなく、フランスもイギリス同様、通商要求を避けたいといったところか。