ウィーン講和: サロンの密約


こんなことに時間を使いたくないが、先に懸案であるアルレシアの通商協定をクリアして国境再編を行いたい列強たちもそれは同じ。少し苛立ったように、イギリスは再提案してきた。


「なら、オランダの海外領土はどうだ?ケープでもセイロンでもインドネシアでも」


イギリスの提案は、海外領土を持つほどの体力がない欧州諸国から歓迎された。関係ないからだ。フランスやプロイセン、オーストリアも頷いている。オランダは海外領土を返してもらえると思っていないようで最初から何も言わない。


「金になるからいいでしょう」

「ちょい待ち、俺は反対やで」

「俺もや」


そこに反対を投じたのはイベリアの二人だ。ポルトガルもスペインも、海外におけるこれ以上の列強の進出を押さえたいのだ。とりわけ、中南米で独立機運が急激に高まっていることから、余計なことはしてもらいたくないのだろう。

イギリスは半島戦争での二人の協力を思い出したのか、強く出れない。プロイセンはあからさまに「没落したやつは黙ってろ」という顔をしている。


「何度も言うが、俺にとっての利益は自由貿易だ。領土経営じゃねえ。俺にとっての利益にならない提案ばっかすんなら、それこそ俺は北海封鎖でもして対抗させてもらう」

「講和会議で何を言っているんですかお馬鹿さんが!」

「馬鹿はてめえだ。ドナウ遡上してブダペストもウィーンもブラチスラヴァもプラハも焼き討ちにするぞ」


領土を押し付けようとしてくる列強についにキレたアルレシアは、久しぶりに本気の殺気をオーストリアやイギリスに向けた。間近でそれを目にしたドイツ諸国は萎縮して黙り込み、オーストリアもぐっと押し黙る。イギリスはそっと目をそらし、なぜかプロイセンとロシアはワクワクしたように見守った。
とばっちりを食らったハンガリー、スロバキア、チェコは怖がってオーストリアの後ろに隠れてしまったし、鏡の間には完全に沈黙が満ちてしまう。


「いったん落ち着くべきやさけ、ちょびっと休憩入れねま」


その空気を平然と破ったのは、やはりというかオランダだった。隣に立っていたオランダは、ぽん、とアルレシアの頭に手を置いてオーストリアに促す。
オーストリアは頷くと、「ではまた1時間後に」とだけ言った。一気に弛緩した空気の中、オランダはイギリスのところへ向かってしまう。

寂しいなんて、こんな緊張感のある場面で感じたことなどなかった。それだけ、オランダがアルレシアの心の支えとなっていた。
そんな自分を歯がゆく思っていると、プロイセンがやって来た。


「ポーカーフェイス崩れてんぞ」

「…うっせーな」

「ケセセ、悪ぃな!んじゃ、行くぞ」


アルレシアのところへ来たのは密談をするからに他ならない。プロイセンに続いて、小さなサロンへ入った。
豪奢な造りに変わりはないが、どこか落ち着いた装飾や、カーブの少ない感じもプロイセンらしいチョイスだ。


「久々に本気のキレ芸見れたぜ」

「芸言うな…ま、正直イライラしてたけどな」

「だろうな。俺としてはぶっちゃけ、領土で済めばいいとは思ってたが、そうならないことも分かってた」

「…で?」


早く言えとばかりに横目で睨めば、プロイセンはニヤリとする。


「俺はアルレシアの通商要求、そんなにネックじゃねえんだ。だから、味方してやってもいいぜ」

「対価は」

「要求として控えめにすること、あとは俺様に賛成すること」

「俺と仲良しごっこしてえのか?」

「そういうこった」


プロイセンいわく、アルレシアに求めるのは通商要求の引き下げと会議での協力だ。通商協定がネックでない、というところはいまいち解せない。


「俺の要求がネックじゃねえとは強気だな」

「まぁな。俺の目的は関税同盟の設立だ。坊ちゃん優勢なら、ドイツ統一の経済的アプローチになる。俺が優勢であったら促進剤だ」

「…なるほどな、俺がドイツ諸国と結ぶ協定を土台にするつもりか」

「さすがに話がはえーな」


プロイセンの思惑が分かった。プロイセンは、オーストリアとドイツの支配を巡って対立しているが、どう転んでも関税同盟によってプロイセンを盟主とする枠組みを作るつもりなのだ。アルレシアが個別に各国と結ぶ協定は、1つのルールとして模範になる。


「このサロンで結んだ協力は長く引っ張らせてもらうぞ?」

「上等」


俗にサロンの密約と呼ばれる、アルレシアとプロイセンの秘密裏の協力関係は、ドイツ帝国成立まで続くことになる。



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