神野の悪夢/前編−4


灯水は急に意識が覚醒して目を開いた。すぐ目の前に見えるのはフローリングの床で、寝転がっていることが分かる。
体の自由を確かめるため、手足を少しだけ動かすが、特に拘束されている様子はない。人の気配をたどると、背後に呼吸音が聞こえるだけだった。
室内を見渡すとやはり誰もおらず、そして灯水の左側に同じく転がされているのは爆豪だった。まだ意識が戻っておらず、目を閉じて眠ったままだ。

あの合宿の夜にここへワープしてから、爆豪はすぐに攻撃しようとした。それを見越していたかのように、2人を掴まえた男は爆豪と灯水に薬品を嗅がせて意識を落としたのだ。
ここがどこかも、何時なのかもわからない。

よく見ると爆豪は手に大きな枷を嵌められて両手を塞がれていた。個性を封じられているが、灯水はそういったことはない。それを疑問に思っていると、扉が開く音がした。建付けの悪い蝶番の音が響く。


「お、目ぇ覚ましたか」


入って来たのは、ここへ2人を連れてきた男だった。跳ねさせた黒い髪、両耳のイヤーカフと鼻の右にピアスとそれだけなら普通の不良っぽかったのだが、目を引くのは両目の下と鎖骨から顎にかけて、そして両腕と両足に広がる火傷跡のような爛れた皮膚だった。しかも、普通の皮膚と繋ぐかのようにリングが埋められている。
あまりに不気味な姿に、元の顔は端正そうなのに思わず慄いてしまう。


「…怖いか?でもお前の弟も似たようなもんだろ」

「自分でも思ってないくせに」

「はは、そりゃそうだ」


男は酷薄な笑みを浮かべると、ブーツの音を床に鳴らしながら後ろに回り、爆豪の側に立つ。灯水は起き上がってそれを睨みつけた。


「すぐ攻撃しないのは、こいつより賢明だな」

「何が目的だよ」

「ん?勧誘。とりあえずお前からしてぇから、こいつには強めの薬嗅がせた。もうしばらく起きないぜ」

「…雄英の生徒拉致って勧誘とか…」


男は笑みを崩さず、爆豪の頭に手をかける。何をする気だ、と体を緊張させた。


「なんもしねぇよ、まだ。お前を拘束してないのは、こいつで十分だからだ。無抵抗のこいつを殺されたくなきゃ、おとなしくしてろよ」


そういうことか。爆豪に何かされたくなければ、と言うだけで冷静な灯水は動きを止めてしまう。焦凍のことを匂わせてきたのもそうだし、向こうの事前に持っているこちらの情報は多いと考えられる。


「俺は荼毘だ。よろしくな、轟灯水」

「…てっきり死柄木弔が来るかと思ってたけど」

「あいつは爆豪担当だ。俺はお前担当」


男、荼毘は爆豪から手を離すと、灯水のすぐそばにしゃがんだ。至近距離で目が合わせられ、のけぞりたくなるのを堪える。


「有名人は大変だよな、あることないことネットに書かれて。エンデヴァー事務所やめたヤツだっていう投稿なんかアンチ界隈じゃ有名だったもんな」

「は…?」

「エンデヴァーは個性婚によって強引に妻子を成し、最後に生まれた双子のうち優秀な弟に目をかけ、個性を半端に継いで未熟児だった兄は出来損ない呼ばわり、だっけ?」

「っ!!」


見事なまでに真実だ。それも、ネットで検索すれば出てくるなんて情報である。荼毘たちが裏で仕入れたというような話ですらない。


「中学の同級生だったってヤツのもあったな。弟の方は親への復讐に頭がいっぱいでまったく周りと関わろうとしない不愛想、一方兄の方はそんな弟を気にかける社交的な人気者。かと思えば、あの体育祭だ。弟にも引けを取らないまでに成長した兄の姿、すっかり兄の方はエンデヴァーアンチの間で株がストップ高だ」

「…だから?」


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