神野の悪夢/前編−5


声が震えないようにしながら必死に睨みつける。まさかそこまで真実がネットに出回っているとは思わず、ずけずけと深入りしてくる荼毘の言葉を跳ねのけるのに集中する。


「いや、ただお前は報われないよなぁって。轟焦凍は体育祭で変わった。あれを境に解き放たれたんだろ?でもお前はどうだ、轟灯水。あいつのために生きてきたのに―――」

「うるさい…っ!」


その先はダメだ。本能的にそう思って、つい目を逸らして拒否する。荼毘は一度黙るが、ニヤリとしているのは気配で分かった。
するとその声で起きたのか、爆豪がもぞりと動いた。


「…あ?もう起きたのかこいつ。しぶといな」

「……くそ…んだ…これ…」


起きたものの、まだ意識ははっきりとはしていない。だがさすがというべきか、状況理解は早く、灯水に迫る荼毘を見て眼光を鋭くした。


「てめぇ…なに、してやがる」

「今俺は轟灯水と大事な話してんだ。ヒーローなんかじゃなく、敵として生きる方が幸せだって教えてやらねぇといけないからな」

「は?バカじゃねぇの…」


爆豪はまだ若干朦朧としながらも嘲笑するが、灯水の顔を見て今度は顔をしかめる。相当ひどい表情をしているらしい。


「おめぇも、なんつー顔してんだメッシュ野郎…んなヤツの言葉、まともに聞いてんじゃねぇよ」

「お前は知ってるか?爆豪。こいつの報われない生き方について」


そう荼毘が言ったとたん、爆豪は目を見開いた。そういえば爆豪は体育祭のときに詳しい事情を知っていたし、灯水に対していち早く「お前はそれでいいのか」と聞いてきた鋭い男だ。
どんなことを話していたのかを知った爆豪は、いよいよ覚醒して、少し体を浮かせて灯水を睨みつける。


「おい、マジでそいつの言うことに耳貸すな。お前はそいつより先に話をするべきヤツがいんだろ!!」

「お、なんだ知ってるのか」


爆豪の必死な言い方に、灯水はそうだと意識を正そうとする。こんな敵の言うことを真に受ける必要などない。
しかし荼毘は、突然その手を灯水の頭に置いてきた。手は綺麗な肌をしている。何をされるのかと身構えると、その手は頭を優しく撫でる。いったい何を、と虚を突かれたときだった。


「つらかっただろ、悲しかっただろ。自分の生きる理由だったヤツが、お前のことを気にせずひとり先に明るい方へ向かって。お前はあいつのために生きてきたのに、ひとり暗いところに取り残されて。自分をなくした喪失感で、どうすればいいのか分からないんだよな」

「……あ…、いや、ちが……」


不意を突かれた言葉は、空っぽになって傷がたくさんついた心の器にストレートに入って来た。直撃のあまり反論すらできない。労わるような頭の温かさすら振り払えない。一瞬振り払おうと上げかけた手は、半端に空中で止まっていた。


「俺には想像すらできねぇよ、お前が感じてきた苦しみなんて。轟焦凍のためになるよう生きてきたのに、あいつがお前を置いて行ったあとに残ったものはなんだ?」

「…ぁ……」

「やめろ!おい!聞くな!」

「何もない。何も残らなかった。それはどれだけつらいことだったんだろうな」


体育祭から感じてきて、見ないふりをしていたすべての痛みが、一度にあふれた。ずきずきと悲鳴を上げる心が痛くて、思わず手で胸元を握りしめる。
そしてフラッシュバックするのは、合宿でひとり大部屋にいたとき。暗闇に溶けそうな自分、消えてしまいたいと思った自分のことだった。


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