神野の悪夢/前編−7
翌日の夜。
2人は場所を移動させられ、バーのような部屋に通された。窓は板張りになっているが、隙間からネオンが見えたため夜だと分かる。
爆豪は枷に加えてベルトによって椅子に括り付けられ、灯水は隣の椅子に普通に座った。荼毘など敵側が灯水を見ている間は殊勝な態度を取っていたからだ。
カウンター席のある小綺麗なバーには、カウンターの内側に黒霧と女子高生、カウンター席に死柄木、そして立っているのがオカマっぽい男と、全身黒タイツの男と、灯水を掴まえたハットの男、トカゲのような男と、荼毘である。
「さっそくだが、ヒーロー志望の爆豪勝己君、轟灯水君。俺たちの仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ね」
不敵に笑いながら断る爆豪と、顔を背けて無言で拒否する灯水。死柄木は分かっていたように笑う。そして、オカマの後ろにあるテレビを指さした。そこに映っていたのは、雄英の記者会見。ブラドキング、相澤、校長の3人が会見をしていた。
最初に謝罪から入り、相澤による状況説明、校長による学校としての説明が行われるが、記者からの質問は厳しい。なぜ守れなかったのか、杜撰な体制だったのではないか、今まで何をしていたのか。
その追求は、ヒーロー養成機関としての雄英を真っ向から批判するものだった。それを見て死柄木は両腕を広げて大仰に語る。
「なぜヒーローが責められてる!?奴らは少ーし対応がずれてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!「お前らは完璧でいろ」って?現代ヒーローってのは堅っ苦しいなぁ!」
死柄木に続いて、壁にもたれるトカゲ男も口を開いた。
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!」
ステイン、それはヒーロー殺しの敵名だという。拡散された動画などで広がり、ヤツのシンパは特にステインと呼ぶことが多い。
死柄木は爆豪を、そして灯水を見ながら言葉を続ける。
「人の命を金や自己顕示に変換する異様、それをルールでギチギチと守る社会、敗北者を励ますどころか責め立てる国民」
死柄木はじろりとこちらを見る。暗にエンデヴァーのことを指している。私怨でヒーロー活動をしている炎司は、間違ったヒーローの一種なのかもしれない。
「俺たちの戦いは「問い」、ヒーローとは、正義とは何か、この社会が本当に正しいのかひとりひとりに考えてもらう!」
「…啓蒙は立派だけど、結局間違ってるよ」
そんな死柄木に、灯水はついに口を開いた。爆豪が身じろぎし、全員の視線がこちらに向く。
「ここは法治国家だ。社会の在り方を問うなら、選挙に出て国会に行けばいいし、それが無理なら支援するに足る候補者に票を入れればいい。どんなに大層なことを言ったって、やり方が間違ってればそこに正しさはない」
「綺麗ごとだな。俺たちだけじゃなく、多くの国民が投票なんてしても変わらないと思ってるから投票率が低いんだろ?それくらい俺でも知ってる」
死柄木は怒るでもなく、カウンターに肘をついて反論してきた。USJのときのような子供っぽさは見えない。こいつも成長しているらしい。
「変わらないって思ってるんじゃない。それは、変えようと思ってないだけだ。それを変わらないって人のせいにして義務を放棄してるだけだ。自分の属する社会の在り方を決める権利を人類が獲得するまで、文明を持ってから5000年かかったんだ。それを放棄して、のうのうと過ごしてる。変えようと思わなきゃ何も変わらない。お前らのやってることは、プロセスさえ間違っていなけりゃ一定の評価はする」
社会に不満を持つのはいい。それを変えようと行動するのも良いことだ。だが、民主主義の法治国家である以上、法の下に従わなけれならない。
独裁体制が崩壊し混乱に陥った中東の女性は言った。「私たちは民主主義が欲しいわけでも、ヴェールを強要されない社会が欲しいわけでもない。私たちが欲しいのは、秩序なんです」
秩序のない社会には悲劇しかない。そこにはどんな素晴らしい理想も力を持たない。秩序を壊してまで得るべき理想など何一つとして存在しないのだ。