神野の悪夢/前編−8




「…、荼毘。轟灯水の方が勧誘しやすいとか嘘じゃないか」

「俺もそう思ったんだけどなぁ。どうやら思っていたよりも、こいつしっかりしてるみたいだな」


荼毘は呆れたように言った。もうこいつの甘言には耳を貸すことはない。どれだけ今の灯水にとって耳に聞こえの良いことを言っても、正しさがないと分かればそれでよかった。何より、爆豪の言ったことが支えになっていた。
A組の人たちを傷つけるような存在にはなりたくない。


「…まあいい。爆豪君、君はどうだ?勝つのは好きだろ?」


標的を切り替えたらしい死柄木は、灯水から爆豪に目を移した。重々しい拘束に縛られた様子を見て、死柄木は荼毘に拘束を外すよう指示する。


「は?暴れるぞ、こいつ」

「いいんだよ、台頭に扱わなきゃな。スカウトだもの。それに、この状況で暴れて勝てるかどうかわからないような男じゃないだろう?雄英生」

「…トゥワイス、外せ」

「は!?俺!?嫌だし!!」


全身黒タイツの男、トゥワイスはそう言いつつすぐにしゃがんで拘束具を外し始めた。ちぐはぐな言動だ。その後ろで、ハットの男が口を開く。


「強引な手段だったのは謝るよ、けどな。我々は悪事にいそしむただの暴徒じゃねぇのを分かってくれ。君らを攫ったのはたまたまじゃねぇ」


拘束具の外れるカチャカチャという音が響く静かな空間に、ハットの男の声だけが聞こえる。


「ここにいる者、事情は違えど、人に、ルールに、ヒーローに縛られ苦しんだ…君たちならそれを―――」


一瞬だった。爆豪は拘束具から外れると同時に、椅子を蹴り倒して死柄木に爆破をかました。とっさに避けた死柄木だったが、顔にはめられた手は床に飛び、室内に一気に緊張が走った。爆豪は椅子付近に飛んで戻り、唸るように言った。


「黙って聞いてりゃダラッダラよぉ…バカは要約できねーから話がなげぇ!要は「いやがらせしてぇから仲間になってください」だろォ…!?無駄だよ…」


飛びのいた低い姿勢からゆらりと立ち上がる爆豪。攻撃に出てしまったことは正直予想外というか、灯水も呆れてしまうが、こうなったら灯水も様子見はしていられない。立ち上がって、すぐに氷結が出るよう身構える。


「俺は、オールマイトが勝つ姿に憧れた…!誰が何言ってこようが、そこァもう曲がらねぇ!」


死柄木たちは、啓蒙のためにオールマイトを殺すと言っている。その時点で爆豪とはもう相いれないのだ。そして、灯水とも。

ちょうどそこへ、テレビから会見の続きが聞こえてくる。相澤の声だ。
記者からの爆豪の「精神的不安定さ」について追及され、それをきっかけにい勧誘されてしまったらという質問への回答だった。


『誰よりもトップヒーローを追い求め、もがいている…あれを見て「隙」と捉えたのなら、敵は浅はかであると私は考えております』

『根拠になっておりませんが?感情の問題ではなく、何か具体策があるのかと伺っております』

『我々も手をこまねいているわけではありません。現在警察とともに調査を進めております。わが校の生徒は、必ず取り戻します』


相澤と校長の言葉に、爆豪は「ハッ」と鼻で笑う。嘲笑だが、それは敵に対してだ。


「言ってくれるな雄英も先生も…そういうこったクソカス連合!!」


大方、利用価値のある存在だと灯水たちを認識しているうちにぶちかまして脱出してやろうとでも思っているのだろう。7対2と圧倒的に不利だが、制約の多い敵を考えるとまったくの悪手ではない。だが、強制的に戦闘させられる灯水のことを考えて欲しいとは思ってもいいはずだ。


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