神野の悪夢/後編−3
あっという間に倉庫を制圧したヒーローたちは、警察に脳無の移送を指示する。突入から数分ですでに解決ムードとなっていた。どうやら別の場所でオールマイトを中心とした作戦も展開されているらしく、恐らくそちらに灯水たちはいるのだろう
「ヒーローは俺たちなどよりもずっと早くに動いていたんだ」
「すんげぇ…」
神野区に着いたときに報じられていた記者会見は攪乱で、本当はすでにヒーローたちは居場所を突き止めて適格に人員を割いて解決にあたっていたようだ。
中からは虎がラグドールを見つけ、ギャングオルカが「良かったな」と声をかけている。行方不明だったラグドールも見つかり、これで要救助者は全員確保したことになる。
「オールマイトの方…かっちゃんそっちにいるのか…」
「オールマイトがいらっしゃるならなおさら安心です、さあ早く…」
少しだけ、自分の力で救けたかったという気持ちにならないでもないが、オールマイトが灯水たちのところにいるという安心感はあった。早く立ち去ろうと促す八百万に従って全員が動こうとする。
「すまない虎、前々から良い個性だと…ちょうどいいから、もらうことにしたんだ…」
そこへ聞こえてきたのは、新しい第三者の声だった。緑谷、焦凍はそれが聞こえて立ち止まる。前を歩く飯田、切島、八百万は気づいていない。
しかし、その声にヒーローたちの警戒する声が向けられると飯田たちも止まった。壁があって見えないが、声で緊迫しているのが分かったのだ。
「とまれ、動くな。連合の者か」
ギャングオルカの制止の声も聞かず、男は喋り続ける。泰然とした様子は、なぜか恐怖感を感じさせた。
「こんな体になってから、随分とストックが減ってしまっていてね」
するとジーニストが個性を使ったようで、男の声がいったん止まる。焦ったようにMtレディが「もし民間人だったら…!」と言うが、ジーニストは落ち着いている。
「状況を考えろ、その一瞬の迷いが現場を左右する。敵には何もさせるな」
その言葉が最後だった。
一瞬、たった一瞬のことだった。
何が起きたかもわからない。どんな音がしたのかも定かではなかった。当たり前だ、街の一区画を一瞬で、気迫だけで吹きとばすときの音など聞いたこともないのだから。
ただ、その直後に訪れた沈黙は、体中を粟立たせ吐き気を催すには十分だった。嵐の前の静けさなどではない。死の沈黙だ。
感じるのは、残り香のような風に揺れる髪と、倉庫に隣接するビルの通りに面した部分から聞こえる石の落ちる音と、男の雄然たる声だけ。
「せっかく弔が自身で考え、自身で導こうとしてたんだ…邪魔はよして欲しかったな」
遅れて、吹き飛ばされた街の瓦礫の山から悲鳴が響いた。続く絶叫、怒号、苦悶。おおよそ人の出せるパニックと恐怖の声のレパートリーの限りのような騒乱が、数テンポ遅く街にこだまし始めたのだ。
今この瞬間、何気ない日常を過ごしていた数百の人間が、何も気づかないまま命を落とし、生存しても意識がある者は、自身の体を覆う瓦礫や、身を貫く鉄骨や、肌に刺さるガラス片に気づいて、悲鳴を上げる。状況の理解ができた無事だった者は、近くにいた友人や家族の姿がないことに気づいて絶叫する。
今この瞬間、焦凍たちは最も死に近いところにいた。そして同時に、ヒーローも警察も、市民も、死と地獄のような苦しみの中に突き落とされたのである。
今この瞬間、絶対的恐怖が、この場の支配者だった。