神野の悪夢/後編−6
明かりが煌々とともる駅前の繁華街は、外観だけなら遠くないところで起こっている厄災を感じさせないだろう。だが逃げてきた人々や野次馬によってごった返しており、交通規制によって渋滞し、町中でサイレンが鳴り響いているという騒然とした状況だった。
息を切らしながら走ってきた灯水たちは、なんとか逃げおおせたことで大きく息をついているところだ。緑谷はスマホを耳に当てると、どこかへ電話をかける。
「もしもし!?…うん、轟君の方は?逃げ切れた?良かった!…僕らは今駅前にいるよ、衝撃波も圏外っぽい!奪還成功だよ!!」
「いいか、俺は救けられたわけじゃねぇ!一番いい脱出経路がお前らだっただけだ!」
「ナイス判断!」
その横で切島と爆豪がそんなことを話している。飯田はまだ膝に手をついて息を切らしていた。緑谷が電話を終えると、灯水は口を開く。
「…ありがとう、3人とも。焦凍もいたんでしょ?」
「うん、他に八百万さんもいるよ!2人は別方向に逃げたみたいだから心配しないで!」
緑谷は笑顔で答えた。普通に考えれば、ステインの一件があったのに救けに来ようと思わない。本当に、考える前に救けてしまうのだ。
「…本当に、ありがとう…!」
「いいって!灯水は素直で可愛いな!どっかの爆発さん三太郎とは大違いだな!」
「誰のことだクソ髪ィ…!」
「無事でよかった」
切島と飯田も笑顔で言ってくれた。切島と気まずく感じていたものも、今はそれどころではないため気にならない。焦凍も無事でよかった。
あとは、とビルに設置された大きな街頭テレビを見上げる。
画面には、壊滅状態の街並みの中で対峙する男とオールマイトの姿があった。報道ヘリのもののようだ。人々も固唾をのんで見守る。
『信じられません!敵はたったひとり!街を壊し!平和の象徴と互角以上に渡りあって―――!』
その次の瞬間、男が放った衝撃波をオールマイトは避けもせず受け止めた。グラントリノは避けているようだったのにだ。これまでのものよりさらに大きな爆風は、オールマイトの後ろに広がる街並みをさらに吹き飛ばしていた。地面が1メートル近く抉れており、直撃を受けた場所は瓦礫すら残っていない。
ヘリのキャスターや群衆からも悲鳴がところどころ上がる。煙が晴れると、オールマイトが拳によって受け止めたために、オールマイトを頂点にした三角形に街が残っていた。
一応は無事だし、どうやらオールマイトが守ろうとした背後の瓦礫に取り残される女性も生きている。だが、そのオールマイトの様子がおかしかった。
静まり返る群衆の中からも、「え…?」というような困惑の声が上がり、キャスターも正気に戻って報道を続ける。
『えっと、何が…え…?皆さん見えますでしょうか…?オールマイトが、しぼんでしまっています…』
オールマイトは、いつもの筋骨隆々な姿ではなかった。やせ細り、顔は骸骨のように目が落ちくぼんで頬もこけている。しぼんだとは言いえて妙である。
人々が愕然としていると、男に何か言われたのか、オールマイトはさらにがくりと力が抜ける。顔が俯き、笑顔がない。その姿に、人々の間にじわじわと恐怖感が広がる。もしもオールマイトが負けたら、この戦いは、この街は、そしてこの国はどうなってしまうのか。
その恐怖感を自ら打ち消すように、人々は徐々に声を上げ始める。
「そんな…嫌だ…オールマイト…!」
「あんたが勝てなきゃ、あんなの誰が勝てんだよ…!」
「姿が変わってもオールマイトはオールマイトでしょ!?」
「頑張れオールマイト!」
「ま、負けるなオールマイト!!」
「頑張れええええ!!!」
それはだんだんと群衆全体に広がっていく。この駅前だけではない、この報道を見ているすべての人々の願いが、この国中に響いているようだった。
力のない一般市民には、あんな男と戦うことはおろか、災害や事故にも打ち勝つことなどできない。だから敵犯罪や事故・災害は「理不尽」なのだ。
どんなつらい環境も、苦しい状況も、自分が変わらなければ何も変わらない。周りの環境は勝手には変わってくれないし、もし変わったとしたらそれは奇跡だ。
だが、そんな「奇跡」しか頼ることができないようなときに、それを起こしてくれる者が。それこそが、その人にとっての「ヒーロー」なのかもしれない。