神野の悪夢/後編−8
警察に保護された2人は、しばらく聴取を受けてからわりとすぐに解放されることになった。警察と雄英で協議して方針が決まるまで、危ないから自宅は出ないようにとのお達しである。警察も神野区の事件で大忙しなので、2人の詳しい事情聴取はまた改めて、雄英の代表も一緒に行うということだ。
「爆豪君は、今ご家族の方が迎えに来てくれるんだよね」
「…うす」
警察は爆豪に確認を済ませると今度はこちらに向かう。疲労の色が見える警官は、それでも笑顔を向けて安心させようとしてくれていた。
「えと、轟君は…ご家族の方のご都合がつかないようなら、ここに泊まってくれて構わないから、決まったら教えて」
「はい」
炎司は事件の対応に追われているし、母は当然来れるわけもなく、冬美は学校もあるため迎えには来れない。
そう分かっているので、ここに世話になる気ではあったが、とりあえず建物の外に出て空気を吸いたかった。
「連絡とってきます」
「うん」
灯水がそう言って立ち上がると、爆豪も立ち上がる。なんだと思ってみると、時計を見ながら「迎え」と一言。タイミングが被っただけのようだ。
2人で廊下を歩くが、まったく会話はない。署内は慌ただしく、人がずっと行きかっている。
玄関まで来てガラス扉から外に出ると、爆豪の家族らしき夫婦が車からこちらに向かってきた。母親が爆豪にそっくりすぎる。外に出ると被災地からの喧騒がはっきりと聞こえてくるな、と思っていると、爆豪がこちらを向いた。
「おい」
「…?」
「昨日も言ったけどよ。お前は、敵なんかよりも先に話すべきヤツがいるだろ」
荼毘に圧迫されたときのことだ。焦凍のことだろうが、灯水はそんなわけにはいかないと思って反駁しようとする。それを「うぜえ」と爆豪は短く切り捨てた。
「あの半分野郎がお前のことも救けらんねぇようなタマかよ。あいつはもう心も体も弱くねぇって自分で分かってんじゃねぇか。それなら、言えばいいだろ」
珍しく暴言は控えめで、怒鳴りもせずに爆豪はそう言った。何を言えばいいということなのか分からなかったが、それ以上は語らず爆豪は両親のところに行ってしまった。目が合ったので爆豪の両親に会釈だけして見送ると、警察署の前には人気がなくなる。
爆豪は灯水以上に灯水のことを分かっているのではないかと思えてきた。なんだかんだ救けられている。
家族が迎えに来るはずもないので、おとなしく言った通りに署内の公衆電話で連絡をするか、と踵を返す。
すると、背後から声がかけられた。大き目の声は、先ほど聞いたのと同じ声量だ。慌てて振り返ると、焦凍が走って来たところだった。
「灯水!」
「焦凍…?」
避難所にいるはずじゃ、と思って灯水も玄関前から焦凍のところに行くと、焦凍はすぐに灯水の前にたどり着く。少しだけ息が切れていた。もう服は着替えたようで、白いシャツに黒いズボンとシンプルな格好だった。
「どうしたの?」
「いや…でも、なんつか、やっぱお前のことひとりにしておきたくなかったんだ、今晩は」
「それで来てくれたんだ…ありがと」
焦凍は優しい。それだけのために走ってここまで来てくれたのだ。やはり良いヒーローになれると思う。
焦凍は頷くと、ふと自身の手を見つめる。
「…本当は、俺が救けたかった」
「……あぁ、切島君たちが来てくれたときのこと?」
「あぁ」
飯田、緑谷、そして切島が飛んできてくれたわけだが、焦凍が本当は来たかったのだという。