神野の悪夢/後編−10


焦凍の言葉は、ひとつひとつ灯水の心に響いてくる。空っぽになった器を鳴らすように、灯水の中に入ってくるのだ。それは、抑えつけている灯水の気持ちの鎖を、どんどん解いていく。


「だから俺は、灯水を救けたいと思った。今度は俺が救けたいって思ったんだ」


救けたい。焦凍はそう思ってくれている。爆豪が言っていた通りだ。焦凍は強くなった。体はもちろん、心もずっと大きく。この数か月で一気に成長したものといえ、それは確かなものだった。


「お、れは……」


まだ言ってはいけないという警告が本能的に響いている。だが一度荼毘によって開かれてしまったものは緩くなっており、灯水は抗うこともできないまま言葉を紡いでいく。


「俺は、焦凍のために生きてきた。全部全部、焦凍のためだった。焦凍の個性が分かって、父さんの修行に縛られて、家族が皆お前のこと見てたから。俺は、出来損ないだったから。だから、強くなってお前の側にいようって…俺には、焦凍の兄だっていうことしか、もう、存在する理由がないように思えたから」


まだ4歳の子供だった。だから、灯水は世界のすべてである家族が誰も灯水を見なくなったとき、目に見えない焦凍との繋がりしかなかった。そしてそれ以降、灯水の生きる目的は焦凍を基準にするようになった。


「だから、俺は焦凍を守ろうって思った。皆が焦凍のことを守ってくれるように、俺のことは気にしないでもらえるようになろうとも思った。そしたら、姉さんも母さんも、俺に焦凍を頼むって言ってくれるようになった」


それを目標に頑張っていたから、灯水はそれでよかったし嬉しかった。認められた気がしたからだ。
そうして本格的に、焦凍の心も守るために交友関係なども気にし始めた。


「俺は母さんと会ってたけど、母さんはいつも開口一番に焦凍のことを聞いてくれた。姉さんもいつも俺は大丈夫だって言ってくれた。一緒に修行して、強くなって、中学では焦凍の敵にならないように交友関係を作ってた。全部お前の気づいた通りだよ」


そして雄英に入り、あの体育祭を迎えた。緑谷が解き放ってくれたおかげで焦凍はどんどん良い方向へ変わっていき、灯水は心から安心したのと同時に、存在意義がなくなっていくのも感じた。


「…そんで、あの体育祭で、焦凍は変わった。俺、本当にうれしかったんだ。焦凍が父さんから解き放たれて、変わっていくのが。でも、同時に、俺は焦凍のために生きてきたから、存在意義をもう一回失った。俺には何も残らなくて、どうやって生きればいいのかもわからなくなってった」


初めて話したことに、焦凍は息を飲む。存在意義を失う。その感覚を覚えたのが体育祭なら、もうあれから数か月が経つ。


「ずっと分からないままだった。俺が存在する意味が。職場体験やって、ヒーローの現場を見て、ステインと戦って、なおさらなんでヒーローになりたいのかも、どんなヒーローになりたいのかも分からなくなった。それでも、飯田君や緑谷君が怪我してるの見て、A組の皆が傷つけられるのは嫌だなって思って。俺の中には、作り物じゃない気持ちとしてA組が好きだってのがあったから。だから、皆と一緒にいるためなら雄英でこれからも頑張れるって思ったんだ」


灯水の迷いは相澤にも気づかれて期末が組まれたが、灯水の本当の葛藤はもっと深いところにあったから効果はなかった。それでも、A組の人と頑張るという目標が支えになった。


「…そしたらさ、俺、中学までのひどい付き合い方しかわかんなくて…上鳴君たちに作り笑いやめろって言われて、俺、最低だなって。大好きなA組の人すら傷つける、まともな交友関係も作れない、本当の意味で出来損ないなんだってわかった」


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