気付けなかったこと−5


切島たちと和解してから数日。今度は、応接間の掃除を灯水と焦凍はしていた。今日やってくるのは、なんと相澤だ。家庭訪問である。
先日郵送で雄英から送られて来た書類にあった、全寮制についての話をしに来るのだそうだ。炎司は「勝手にしろ」と言っていたので、今回は2人の他に冬美が対応することになっている。


「全寮制とか…二段ベッドとかかな」

「雄英がそんなケチくせぇことするか」


掃除機をかけながら灯水が想像していると、焦凍はそう言って棚の布巾がけを終えた。灯水も掃除機をオフにして、コードを抜いてシュルシュルと収納していく。


「そうだよね…うーん、ここにきて部屋別になるとか思わなかったな」

「はぁ…それなんだよなぁ…」


生まれてこのかたずっと同じ部屋で寝ていた2人は、ここで初めて別室となるのだ。灯水は特に何とも思っていないのだが、焦凍はすでにアンニュイな顔をしている。


「寝れる気がしねぇ」

「大げさだって。抱き枕とか買っちゃおうかな」

「なんでお前はそんな前向きなんだよ」

「なんか新しいことを素直に受け止められる自分がいる。焦凍のおかげだわ!」

「すげぇ複雑だ…」


焦凍のおかげで心の持ちようが変わったのだが、焦凍は複雑そうだ。それより、時間を見るとそれなりに押している、早く埃の立つことを終えて換気し、茶を用意しなければならない。冬美は急きょ仕事の調整をしたため、ぎりぎりまで自室で仕事をすると言っていた。


「ほら早く掃除終わらせよ、焦凍ォ!」

「だからそれやめろ」



***



予定通りの時間になって、相澤がやって来た。珍しく髪型を整えているのは、記者会見のときのような清潔感を出すためだろう。自宅に教師がいるというのが新鮮で不自然で、何となく緊張しながら応接間に通した。

畳の部屋で、机を挟んで相澤が座る。こちらには冬美と焦凍、灯水だ。茶と和菓子を出して相澤の前に用意してから、冬美がまず切り出した。


「いろいろと大変なところ、お越しいただいてありがとうございます」

「こちらこそ、無理を言ってご都合をつけて頂きまして恐れ入ります」


見慣れた2人の大人の挨拶が目新しく落ち着かない。焦凍は普通にしているが、あれは「早く終われ」と思っているだけだ。飽きている表情くらいすぐわかる。


「さっそくですが林間合宿について、改めてこちらの不手際でお2人を危険にさらし、あまつさえ灯水君を誘拐されてしまったこと、お詫び申し上げます」

「いえ…あんな神野区をたった数分で壊滅させてしまう敵のいるところなんて、防ぎようがないですもの。父も納得しているところです」


堅苦しい話が続くが、冬美も特に雄英に対して反感もなく、炎司の言葉通り、基本的に雄英の方針は今後も支持する旨を伝えた。どちらも教師、特に冬美は本職の教師であるために、様々な話がスムーズに進んでいく。

本題である全寮制についても、二つ返事で了承を返した。なので、そこからは具体的な入寮についての話に入り、予定より15分ほど早くすべての話が終了した。

ちょうどそこで、冬美の携帯が鳴る。


「やだ、学校から…急用以外は鳴らさないよう言ってあるので、先に失礼させていただきます。弟たちに玄関まで送らせますので」

「いえ、お気遣いなく」


急いで挨拶をして、冬美は応答しながら廊下に出て行った。きちんと和菓子を収めた相澤は立ち上がり、灯水と焦凍も見送るため立つ。

玄関まで行くと、「じゃあ、今日はありがとう。また学校で会おう」といつもの無表情でこちらにも挨拶をして相澤は扉を開いて出ていった。ふと、灯水は言いたいことがあったのを思い出して、慌てて靴をつっかけて出ていく。焦凍は驚きつつも止めなかった。

陽光の厳しい外に出ると、車に向かう相澤。かけていくと、声をかける前に振り向いた。


「どうかしたか」

「あの、俺……」

「…聞いた。お前の事情」


すると、相澤は先回りしてそう話した。ちょうど灯水が話そうとしていたことだ。


「警察の事情聴取、どうしても詳しくしないといけなかったんだろう。その話を俺も聞いた。気分良くないと思うが…その、なんだ、すまなかったな」

「…?なんで先生が…」


敵に捕まっている間に言われたことはなるべく正確に話すよう言われたため、灯水は荼毘に言われたこと、つまり灯水の事情についても話していた。複雑な家庭や灯水の心情に警察も申し訳なさそうにしていたのを覚えている。
その報告を受けた相澤もまた、謝って来た。


「合宿のときや、期末試験のとき。お前が悩んでることには気づいてたが、まさかあそこまで深刻だとも思ってなかった。配慮が足りないところもあっただろ」

「そんな…家庭の事情なんて、知らなくて当然です、先生が謝ることじゃ…」

「けじめだよ、大人のな。お前のお姉さんはすごいな。教師ってのは、ほとほと難しいモンだって思い知った」


相澤は苦笑すると、突然灯水の頭を軽く撫でた。乱雑の不慣れなそれは、ぶっきらぼうだが相澤の優しさをとてもよく示すもので。


「でも、お前が吹っ切れた顔してて安心した。解決したんだな」

「…はい、皆の、おかげです」

「それならいい。自宅待機中もさぼるなよ」


最後に教師らしく言うと、相澤は車の運転席に回り込む。扉を開く音がして、灯水は大きめの声で言った。


「先生、ありがとうございます。先生が担任でよかったです」

「……そうか」


それだけ返すと、相澤は車に乗り込んだ。灯水が離れると、車はゆっくりと発進して門を出て行った。


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