気付けなかったこと−6


その夜、灯水は炎司の書斎に向かっていた。ここのところ思いつめた顔をしているのが気になっていたのだが、オールマイトの引退が正式に表明されたことで、いよいよエンデヴァーがNo.1となった。それが原因だと思うと、炎司がどんな気持ちなのか分かってしまったからだ。

こうして面と向かって、しかも長話をするのは初めてだ。少し緊張してしまうが、こういうのは勢いが大事だと障子越しに声をかける。


「父さん。俺、入ってもいいかな」

「…なんだ」


遠まわしな許可の言葉を聞いて静かに襖を開けると、炎司が炎をしまって胡坐をかいていた。畳にはオールマイト引退の新聞がある。鋭い目つきでその記事を睨んだまま、こちらに顔は向けなかった。灯水が障子を後ろ手に閉めてそのまま立っていると、炎司から口火を切る。


「何の用だ」

「…お礼、まだ言ってなかったから」


あのとき、神野区で炎司は灯水たちの奪還に加わっていた。建物の中にいるのが「私の息子」だと言った炎司の言葉が、灯水の心に響いたのを鮮明に覚えている。


「救けに来てくれて、ありがとう。嬉しかった」

「フン、あの程度の敵に捕まりおって。だからお前は出来損ないなんだ」

「うん、そうだね、まだまだ至らないことばっかりだ」


気にした様子も見せないからか、炎司はようやく顔を上げてこちらを見据えた。それは睨むものではなく、どこか怪訝そうだった。


「…なぜお前は、俺にこう言われてもそういう態度を取るんだ」


それは炎司が言うには意外な言葉だった。炎司自身、灯水をないものとして扱ったり、こういう暴言を吐いたりしている自覚があるため、それでも灯水の態度が硬化しないことを疑問に感じているらしい。おそらく、焦凍の憎悪の方がむしろ自然だ。


「なんでって…父さんが俺の父親だからだよ。たとえNo,1だろうとNo,2だろうと、俺にとっては唯一の父親なんだ」


どんなに最低なことをした人であっても、紛れもなく炎司は灯水の父親だ。少なくとも灯水からは、炎司を否定するようなことは言いたくなかった。これでも灯水を養育してくれているのだから。


「…俺さ、今まで、生きる理由って焦凍を守ることだったんだ。焦凍の心を守ることが、俺にとって生きる目的で、体育祭をきっかけに焦凍が変わっていくと、俺はもう必要ないんだって、俺の存在意義はもうないんだって思うようになった」


灯水は立ったままだった襖の前から、炎司のすぐ近くに膝をつく。そうして話し始めたことは、聡明な炎司にはすぐ意図が分かったらしい、息を飲む音がした。


「…父さんの喪失感も、よく、分かる」


そう、オールマイトを倒すということが生きる目的だった炎司もまた、灯水と同じように喪失感を抱いているのだ。きっと、これからどうすればいいのか分からない部分もあるだろう。


「でも、父さんは大人で、父さんを必要としてる相棒の人もたくさんいるし、俺だって父さんのおかげで生きてるし、世間がなんて言おうと父さんに救けられた人がたくさんいるのも事実だ。だから、その…」


普段話し慣れない相手であることもあり、余計にどうすればいいのか分からなくなる。一番言いたかった礼は言えてしまったから、着地点が分からない。


「その、なんだ、俺は父さんのこと嫌いじゃない、から…や、何言ってんだ、うん、その、だから救けてくれてありがとう、じゃっ」


がばりと立ち上がると、呆気にとられた炎司は「おい」と呼び止める。
ぎくりとして立ち止まり、振り返ると、炎司はむすりとしながら言った。


「…お前も焦凍も、炎のコントロールがまるでなっとらん。だから敵なんぞに拉致されるんだ。鍛えなおしてやる。焦凍とセットでいればお前の燃焼源に困らんだろうしな」

「父さん…」

「お前らが同じクラスなのは、俺が焦凍はお前がいないとポンコツだと知っていたからだ。だから雄英に言うことを聞かせた」


なんと、最初のころに気になっていた2人が同じクラスである理由はそんなところにあったらしい。事務所の相棒が言っていた、意外と人を見ているという言葉は間違いでなかったようだ。


「2人まとめて地獄を見せてやる。分かったら早く寝ろ、灯水」


本当に珍しく名前を呼ばれた。炎司なりの優しさだとすぐに分かって、灯水は笑って「うん」と頷いた。


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