気付けなかったこと−7
炎司の部屋から寝室に戻ると、焦凍がどこか拗ねたように布団に座っていた。むすっとした表情は炎司そっくりと言ったら怒られるだろうか。
「…どしたの、焦凍」
「…別に、なんでもねぇ」
簡単に口を割る気がないようなので、灯水は焦凍のすぐ側に座ると、焦凍の二の腕に頭突きした。そんな激しいものではなく、どちらかといえば甘える猫のような仕草になってしまい、自分でやりながら「ないな」と思った。
「そ、そんな可愛いことしてもムダだぞ…!」
「…じゃあがっつり抱き締めるのやめてもらっていいですかね…」
しかし焦凍は釣れたようで、思い切り背中に腕を回され抱き込まれた。首が苦しいので肩に額を乗せるように位置をずらした。焦凍は諦めたように息をつく。
「…お前、今日全体的になんか俺と距離あったろ」
「え、なにいきなりメンヘラみたいなこと言ってんの…?どういうとこにそれ感じたし」
「全寮制にノリノリ」
「あぁ…」
昼間、掃除をしながら全寮制になること、つまり別々に寝室が分かれることにまったく抵抗せず、むしろノリノリで考えを巡らせていたことが一つ。昼に言った通り、新しい環境への抵抗感が今は総じて低い。
「先生に頭撫でられてた」
「見てたの」
その後、面談を終えた相澤と話していたところを見ていたらしい。軽く労われるように撫でられたのを指摘され、まぁ距離感は近かったと思うが、焦凍との距離は関係ない。
「親父とあんな親しげに話してたしよ」
「それも聞いてたの…」
どうやら炎司との会話も聞いていたようだ。それもやはり、灯水と炎司のことであって焦凍には関係のないことだ。
「別に、焦凍との距離の話じゃなくない?」
「他に近づくと相対的に俺との距離が遠くなるだろ」
「それをもっと深刻に感じながらお前の隣で過ごしてんだよなぁ…」
「っ!!」
ふざけて言ったのだが、焦凍は大ダメージだったようだ。ここ数日、この話を切島たちや相澤にしていたからか、吹っ切れた今もはや灯水には過ぎたことだ。だが焦凍はいまだ気づけなかったことを気にしていた。
「もう気にしなくていいのに」
「無理だ…でも灯水が離れるのも無理だ…」
焦凍はそう言うと、灯水の肩に顎を乗せる。2人して互いの肩に頭を乗せて抱き合っている形だ。
気にしている焦凍に、灯水は静かに語り掛ける。
「俺さ、ここ数日で、すごくたくさんのことに気づけた。最初は、焦凍が神野区で気づかせてくれたよね。俺はちゃんと、ここに存在してモノを考えて感じてるって。そこから…家に帰って姉さんに心配されて、母さんにも気に掛けられて。切島君たちは俺と仲良くなりたいからって謝りに来てくれた。俺は、実はいろんな人に必要とされてたんだなって、気づけたんだ」
今まで心配させまいと振る舞い、実際にそうしてくれた冬美と母。2人とも、灯水のことを心配して、きちんと意識してくれて、何より涙を流してくれた。
切島と上鳴も、もとから仲良くなりたいという意図でああ言ってくれたのだし、尾白も含めて謝りに来て、灯水の話を受け止めてくれた。これからも灯水と一緒に仲良くしていきたいとも、あのあと言ってくれたのだ。
「父さんだって実は俺のこと息子だって思ってくれてたし、先生もずっと注意してくれて…俺、今まで気付けなかったことがたくさんあったんだなって思った。それに気づけたのは、焦凍のおかげだ。だから、焦凍ももう気にしないでよ、俺は焦凍のおかげで、今、笑ってる」
随分と穏やかな気持ちで話すことができた。こういう落ち着いた気分も、焦凍が心に余裕を持たせてくれたからだ。それを意識して話した。
すると、焦凍は灯水と体を離して灯水の両肩を掴んだ。正面から見据えられ、何事かと見つめ返す。
「…神野区でも言ったけどな。俺は、お前とずっと一緒にいたい。どんな形でもいいから、お前の側で生きていたいんだ」
「……なんかそれ、プロポーズみたいだね」
突然そんなことを言い出すものだから、灯水は苦笑する。だが焦凍は顔色を変えなかった。
「そういうんでもいい。どうせもう同じ籍入ってるし、結婚してるようなもんだろ」
「…えっ、え?」
「卒業したらとりあえず親父の事務所で使えるモン全部使って成長して、そんで一緒に独立しよう。できるだけヒーローやって、一緒に暮らして、引退したら郊外に移り住むのもいいな」
本格的に人生設計を語りだす焦凍。本気で言っているのだ。当然驚くが、同時に、じわりと心に温かいものが広がる。焦凍にこう言ってもらえることが、純粋に嬉しかった。
それに、一気に具体化した将来に期待も感じられる。一緒に独立するのも面白そうだ。
「うん、マジで結婚してるようなもんだ。いいな」
一方で焦凍のその言い方はまったく冗談ではなくて、灯水は嬉しく感じるのと同時に動揺する。いきなりこんな言い方をされても、どうすればいいのか分からない。
兄弟だし、何なら双子だし、同性だし、ヒーロー志望だし、とグルグルしてしまう。だから、「とりあえず今日は寝るか」という言葉に二つ返事で頷いた。