気付けなかったこと−9


寮はまさに、新築のおしゃれなモダンハウスといった感じだった。
ロの字の形をした建物ではあるが、構造上は二つの建物を南北で繋いだようなものだ。玄関から右側が女子、左側が男子という風に分かれていて、一応男女の建物間で移動はできない仕組みだ。
唯一繋がっているのは1階で、風呂(男女)、洗濯スペース(男女)、キッチン、テーブルとイスのセットが4つとソファーのセットが2つ、片方はテレビつきになっている共同スペースだ。1階からは中庭に出ることもできる。
東京の都心などにあるおしゃれなシェアハウスの方がイメージに近いかもしれない。

部屋割りは相澤が決めたらしく、1フロア男女各4部屋の構造で割り振られた。灯水は最上階である5階、北の端にある部屋だ。南に向かって砂藤、焦凍、瀬呂と部屋は続く。砂藤の部屋を挟んで焦凍とも近かった。
個室は広く、備え付き家具はベッド、冷蔵庫、エアコン、勉強机と椅子で、クローゼットとトイレまでついている。ベランダもあって、一応隣が見える。部屋自体が大きくて距離はあるが。

部屋に届けられた荷物を荷ほどきして部屋を整えるよう言われているので、各自部屋に散っているのだが、灯水はとりあえず椅子に座る。


「…段ボール、2箱だしなぁ…」


家具やベッドの布団はすべて備え付きのものでいいと申請してあったため、そういった類のものはない。1つは服が入っていて、私服やジャージ、シャツ、体操服など簡単な服ばかりだ。もう1つは本や参考書、ノートなどで、こちらも移動させるだけ。あとは筆記用具や薄型のノートパソコンなど細々としたものを定位置に置けば良い。
カーテンやローテーブル、時計すら学校に用意してもらったのだ、まったく灯水の個性を示すようなものはなかった。

そんなものだから、実に40分ほどで荷ほどきが終わり、共有備品の掃除機をかけて綺麗にしてもなお時間があまった。開いた窓から、どこかで何かを組み立てる音がうっすら聞こえてくる。
雄英指定の体操服を着たまま部屋を出て共有スペースに向かうと、やはり誰もいない。一応、実家から持ってきた煎茶を持って降りてきたので、さっそくキッチンで茶を淹れることにした。ちゃんと急須があるので、ヤカンで湯を沸かして待つ。

すると、エレベーターがチンと鳴って誰かが降りてきた。


「おっ、灯水も終わったのか」

「早かったんだな」

「尾白君、障子君。うん、さっき降りてきたとこ。お茶でも飲もうと思ってさ。2人も飲む?煎茶だけど」

「お、いいのか!頼む!」

「俺もお願いしよう」


やって来たのは尾白と障子で、2人も早くに部屋の片づけが終わったらしい。2人をテーブルにつかせて、灯水はお湯の温度を見ながら茶を淹れていく。


「灯水の家、でっけー日本屋敷だったもんな」

「そうなのか」

「あぁ、尾白君は来てくれたもんね。イメージ通りだった?」


家からして煎茶というのはイメージ通りかもしれないと笑うと、尾白も「まあね」と笑う。実際、家では日本茶の類ばかりで、同じ茶だというのに紅茶などはあまり飲まなかった。その代わり、緑茶にしろほうじ茶にしろ何にしろ、やたら種類が豊富だった。灯水は渋ければ渋いほど好きだ。だが2人はそう慣れているわけでもないだろうから、灯水は普通の濃さで淹れるよう注意する。


「…なんだか、柔らかく笑うようになったな」


すると障子はそんなことを言った。少し驚いてそちらを見ると、目はこちらを見ながら触手の先の口が喋る。


「その方がいい」

「…そっか、うん、ありがと」


はっきりと褒めてくれるものだから、ちょっぴり照れてしまい、視線を逸らしてカップに緑茶を注ぐ。


「可愛いとこあるだろ、あいつ」

「…そうだな」

「何言ってんの」


変なことを言うなとばかりにカップを2人の前に置くと、尾白はくすりと笑って礼を言った。障子もふ、と小さく笑い、そんな穏やかな様子に灯水もそれ以上突っ込む気になれなかった。


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