置いて行かれたのは−4
灯水は落ち着いて周りを見渡すと、今が好都合であることに気づいた。色々と灯水が試してみたかったことができる、恰好の機会なのだ。
(市街地、大勢の人間、特定の人間だけを狙わなければならない状況…全部、実戦にぴったりだ)
市街地への影響を減らすことが課題の個性である灯水は、緻密なコントロールによってそれを実現する方法を、考えてはいた。だがなかなかそれを試す機会がなかったのだ。
混戦の中、流れ弾を避けながら、灯水は捲っていた袖を下ろし、ベストのフードを被る。
発目の案で改良された灯水のコスチュームは、今までのグレーのシャツに迷彩柄のスボン、黒のブーツと黒のフィンガーレス手袋というところは変わらない。違うのは、シャツの上にベージュ色のベストをしていることだ。ベストは救助用の道具などをしまっている他、ファー付きのフードがついている。普段はフードを下ろしているが、これから使う技のときなどは装着する予定である。
フードを被りファーをきつくすると、首元にかけていたゴーグルを装着する。手首の袖はベルトで縛り、露出しているのは指先だけになる。
シャツやズボンの素材もそうだが、このコスチュームは極限まで凍結を防ぐ機能を持っている。これで、たとえ現場をエベレストのような極寒の状況にしても問題なかった。
灯水は指先に意識を向け、そして空気中の水分を操作した。その温度を一気に下げるのだ。
途端に空気そのものの温度が下がって気温が低くなり、液化した水蒸気が霧となる。
突然の気温の変化と悪くなった視界に混戦状態の50人ほどがざわつくと、すぐに灯水は技を発動した。
「グレイズド・フロスト」
過冷却状態の水滴で構成された霧、霧氷を指す英語である。0度以下のものに触れると氷結する。
この霧を、灯水はコントロールして嵐のように通りで回転させた。回転する霧が速度を増し、まるで雪山の吹雪のようになる。
受験者たちはあっと言う間に霧氷の渦に閉じ込められ、悲鳴を上げた。
視界は1メートルもなく、風が強くて動けない。何より、吹き付ける霧のあまりの冷たさにすぐに体温を奪われていった。戦っている場合ではなくなり、受験者は少しでも早く逃げようとするが、風の速さと霧氷の冷たさに身動きができない。
もともと気温を下げていたこともあり、辺りの凍結は早い。街灯や道路、ガードレールなどはすぐに凍り付き始め、それによってさらに気温が下がっていた。
(ここからが本番だ…)
50人を凍らせるだけなら、いつもの氷結の方が速いし確実である。だが、体へのダメージがあり、市街地へも影響があった。
また、特定の人間だけを咄嗟に凍らないようにするのも億劫だ。それらを考えると、市街地という影響を最小限にして逃げ遅れた市民の可能性も考える必要がある場所では、氷結をボコスカ使うのは避けたかった。
味方がいると使えないというのもある。
そこで、たとえ市民や味方を巻き込んでも、また市街地で展開しても影響が少ない技が欲しかった。それがこの霧氷、グレイズド・フロストである。
現在、ストームのようにして使っているので、ここからボールをつけやすい者を選んでそいつにだけ強く霧氷を当てる。自分には逆にほとんど当たらないように調整していた。
これだけの繊細なコントロールをしながらだと難しいこともあるが、不可能ではない。
目星をつけた2人に向けて霧氷を一気に強く吹き付けると、数秒で体の表面が凍り付いた。悲鳴を上げて動きを止めた2人に、手持ちのボールをくっつけていく。
そして6個付け終わったところで、アナウンスが響いた。
『2人目合格です』
すると灯水の3つのターゲットが光り、試験の終了を告げた。霧氷を離散させると、辺りはもとの明るさが戻り光が差す。
道路や建物は霜が降りたように白くなっていたが、インフラに影響を与えるほどのものではない。灯水が狙った2人以外は普通に動けそうだった。
「よし、成功」
少し痛みはあるかもしれないが、残りの受験者たちはまだ試験続行可能だ。引き続き頑張って欲しいところである。
灯水はターゲットの「はよ」という声に急かされ、休憩室へと向かった。