置いて行かれたのは−6


二次試験、それはバイスタンダーとしての救助演習だ。
バイスタンダーというのは、偶然そこに居合わせた者のことで、通常は一般市民を、ヒーローの間では当然非番やパトロールなどでたまたま出くわしたヒーローを指す言葉である。

警察や消防が来るまでの間、個性を使って救助、救急救命や避難誘導などを行う。そうした権限は公権力であり、人々の所有権や移動の権利を制限するものであるため、免許がなければ許されないことなのだ。
仮免試験として行うには的を射ている。

採点方法は点数式で、会場の客席に100人の審査官がおり、1人につき1人の受験者の採点を行う。適切な行動に加点ないし不適切な行動に減点され、最終的に合格ラインに達していれば晴れて合格、仮免取得となる。
こればかりは、上級生に分がある。1年生には圧倒的に経験値が足りない。その中で適切な行動をとるには、まず冷静な判断、他とのコミュニケーション、そして自分の役割の認識が重要だろう。

粉塵の白い煙や火災の黒煙が立ち上る街の様子を画面で見ながら、机に用意された軽食をつまむ。上鳴や峰田は何やら緑谷を弄っているが、それは気にせず自分の考えに集中した。今は10分間の休憩で、このあと本番となる。


(正直、トリアージや救命の知識は付け焼刃。適切にやる自信はない。それなら、要救助者の捜索と救出、搬送に徹するべきだ。俺の個性なら倒壊現場でアドバンテージがある、まずは繁華街、オフィス街方面に行ってみよう)


色のついた紙をちぎって要救助者の優先順位を決めるトリアージは責任重大で、とても経験値の浅い灯水にはできることではない。救命の技もまだ身に付けていない。
それならば、個性を使って倒壊現場での捜索やそのフォローに徹するべきだ。

方向性が決まって少し気が落ち着くと、何やら真面目なトーンでの話声が聞こえた。振り向くと、士傑の学生が何やら爆豪たちに謝っていた。何かあったのだろう。
言いたいことを言えたらしい士傑の毛むくじゃらの生徒が踵を返す。それに他の生徒も続く。

そこへ、焦凍が声をかけた。


「おい坊主のヤツ、俺なんかしたか?」


なんと焦凍が話しかけたのはイナサだ。どうやら焦凍はイナサのことを覚えていないらしい。先に灯水に聞いてくれれば先回りしたのに、まさか直接聞きに行くとは、天然怖いと灯水は慌てて近寄った。


「ほほぅ…いやぁ、申し訳ないっスけど、エンデヴァーの息子さん」

「!?」


焦凍は意外な言葉に目を見開く。2人の側に寄ると、イナサは一瞬こちらをちらりと見てから、冷たい目線で焦凍を見下ろした。


「俺はあんたらが嫌いだ。あの時よりいくらか雰囲気変わったみたいスけど…あんたの目は、エンデヴァーと同じっス」

「っ、イナサ君、」


焦って声をかけると、イナサは途端にパッと顔を明るく戻す。そして、おもむろに灯水の肩を抱き寄せた。


「でも灯水は好きっスけどね。可愛いし、努力家だし、こうして気遣える優しさがあるし、なんか最近さらに雰囲気変わって可愛げ増してるし。士傑に通っててくれたらよかったのに」


珍しく静かに喋るイナサは、本気で炎司と焦凍への負の感情を強く持っている。「どうした夜嵐」という士傑の先輩の呼ぶ声で、イナサは2人のところを離れて去っていったが、あとに残された焦凍は硬い表情だ。


「…焦凍、」


何か言おうと口を開いたが、そこへ突然、けたたましいベルの音が鳴り響いた。


『敵による大規模破壊(テロ)が発生!規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数!』


どうやらこの試験の設定のようだ。敵によるテロ攻撃で、市街地が壊滅、まるで神野区のときのようだ。おそらく意識されているだろう。
アナウンスの合間に、この部屋もまた展開して壁と天井が開いた。


『道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが指揮を執り行う!1人でも多くの命を救い出すこと!』


埃っぽい空気に、漂う焦げ臭いにおい。傾くビル群や燃え上がるプラントは、本当にあの神野区の夜を彷彿とさせた。
休憩部屋は会場の南端部、ここから西に行くとすぐにビル街、東に行くと水辺と森がある。北に突っ切ると最初の施設を経て高速道路に出る。


「…焦凍、いろいろあると思うけど、今は試験に集中しよう。俺はビル街に行くけど焦凍はどうする?」

「…とりあえず俺もそっちに行く」


イナサとのことは後でだ。まずは、この試験を突破しなければならない。


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