生来、将来、信頼−4




「…緑谷君ってさ、なんか、すごくヒーローだよね」

「え、どうしたの急に」


ガタンガタン、という電車の音を聞きながら、灯水は脈絡なくそう言った。緑谷もさすがにどういうことかと首を傾げる。


「保須のときにさ、言ってたじゃん。考えるよりもまず先に救けちゃうって」

「うん」

「…そんな緑谷君だから、俺は、救けて欲しかったのかもしれない」

「え…?」


あの期末試験の日、放課後に改めて焦凍との距離を感じ、一歩踏み出した八百万や爆豪を見て自分が置いて行かれていることを察し、つい言いそうになってしまったことだ。


「…期末の実技試験の日の放課後。俺は緑谷君に、「救けて」って言おうとしたんだ」

「……あっ、あの何か言いかけてたときか」

「そうそう。ぎりぎりで思いとどまったけど。…あのとき俺は、自分で自分が分からなかった。緑谷君も知ってると思うけど、あの家の事情の中で、俺にとって焦凍は、生きる意味そのものだったから。体育祭で、焦凍は解き放たれて俺は用済みになって、俺はどう生きたらいいのか分からなくて」

「そ、んな……」


緑谷が焦凍を変えてくれた。それがきっかけとなり、灯水は一度、生きる意味を失い、自分の存在意義を失った。


「自分の存在意義が分からなくなって、将来どうなりたいかも分からなくて。その苦しさの中で、緑谷君に救けを求めようとしてた。焦凍のこと救ってくれたから」


頭の良い緑谷は、簡単な灯水の説明でも正確に理解してくれているようだった。一度、焦凍に詳しい轟家の事情を聞いていることもある。
案の定というか、緑谷は申し訳なさそうな表情をしていた。緑谷は何も悪くない。


「…そんな顔しないでよ。緑谷君にはすごく感謝してるんだ。あのあと攫われた俺を、君たちが救けに来てくれた。そんであの夜、焦凍は俺のところに来て、俺のこと、救けてくれた。さっき緑谷君が言った俺が変わったってのは、そのおかげ」

「そう、なんだ」

「そう。だからね、緑谷君」


灯水は隣に座る緑谷に向き直る。まっすぐ目を見て、ずっと言いたかったことを改めて伝える。


「体育祭で、焦凍に全力でぶつかってくれて、ありがとう。焦凍も、俺も、あのおかげで大きく変わることができた。前に進めたんだ。君が、救けてくれたんだよ」


緑谷は目を見開いたあと、すぐにふわりとほほ笑む。緑谷らしい、底なしの優しさと強い軸を感じさせる笑みだ。


「ううん、それは、君の力だよ」


そして言った言葉は、まるであの体育祭のときのようだった。父の力だと言って封印してきた炎熱の力を解放させた、絶対的肯定の言葉。
今、こうやって前に進めているのも、灯水自身の力なのだと緑谷は言ってくれた。

緑谷のすごいところは、まずこうやって受け入れてくれるところだと思う。それは、器が大きくないとできないことだ。


「…ありがとう」


だから一言、灯水は緑谷に気持ちを伝えた。様々なことへの意味を籠めているが、緑谷は「照れるね」と苦笑してそれを受け取ってくれた。


「俺が聞いちゃってて良かったのかな?」


すると、ずっと黙っていたミリオがあっけらかんとして言った。少しヘビーなことを話していたのだが、ミリオは深く聞くでもなく、そう軽く言うことで空気を変えてくれた。


「あっ、すいません…!」


灯水が慌てて謝ると、ミリオは手を振って「いいって!」と答える。そしてそのまま、その手でぽん、と灯水の頭を撫でた。


「苦しい思いをした人は、他人の苦しみに気づける。それって、雄英みたいにいわば恵まれたところでは得難い大事なことだと思うんだよね。いい経験したね」


ミリオもまた、先輩らしくそう言ってくれた。お節介はヒーローの基本と言って2人をここへ連れてきてくれたこともそうだし、ミリオの度量もまたとても大きい。たった2個上のこのヒーローに自分も追いつけるのか不安にすらなりそうだったが、一緒にインターンできることが、この上なく心強かった。


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