生来、将来、信頼−9
週が明けて月曜日、灯水は気疲れからか、どこかぼんやりとしながら教室を眺めていた。後ろの緑谷もぼんやりとしている。灯水と緑谷は、理由は違えどもやもやとしているのだ。
まず緑谷についてだが、これは昨日、死穢八斎會について動きがあったことにある。
インターン初日にして、何かと敵運が良いのか悪いのか、緑谷はなんと治アにばったり出くわしたのである。ミリオいわく、「あの子と四つ角でばったり」なんて表現していた。
その際、治アは小さな女の子を連れていたそうだ。エリと呼ばれた少女は、全身に包帯をし、治アから見るからに怯えていた。一時は保護した緑谷だが、治アが殺意を向けた瞬間、エリは治アのもとへ戻り、そのまま2人の消息はつかめなくなった。
怯えていたエリのためにも、すぐにでも治アを追いたい気持ちのようだったが、さすがに八斎會にナイトアイ事務所だけで乗り込むわけにもいかない。この件についてはナイトアイが引き続き動くため、緑谷と灯水はそのまま帰った次第である。
そんなことがあったからか、はたまた別の何かか、とりあえず緑谷はこの2日間で色々と一気に抱えたようだ。
一方の灯水は、依然として焦凍のことでもやもやとしている。理由は簡単、こんなにも近くにいるのに、1週間近く会話すらないからだ。
当たり前のように側にいたからか、こうやって離れてみると、焦凍に触れたい禁断症状でも出そうだった。案外、焦凍のことが大好きな自分に今さら気付いた。
しかし、あんなことがあったからにはやはりきちんとけじめは必要だ。喉元過ぎればではないが、正直灯水はあの夜のことはもうそこまで気にしていない。今はほかにも集中するべきことがあるからだ。
だがこの問題の根幹は、焦凍が何か抱えているということ。そしてそれを焦凍が灯水に明かそうとしないことだ。別に話さないのは構わないと思っていたが、ここまでのことをしておいて話さないのはそろそろ不義理ではないかとも思うのだ。
その後授業が始まると緑谷は完全に集中を欠いていて、それほどではない灯水は少し心配にもなったが、今晩にも焦凍とのことを解決しなければ灯水も同じ穴の狢だ。
とはいっても、まだまだ自分はコミュニケーション能力に不安がある。焦凍を傷つけることはしたくない。
そこで、灯水は誰かに相談することにした。切島は公欠だというので、灯水は上鳴に声をかけることにする。
放課後、「相談があるんだけど…」と言えば、上鳴は二つ返事で了承し部屋に呼んでくれた。
そして夕方、灯水は上鳴の部屋を訪れる。
「おじゃましまーす」
「おー、まぁ座れって」
上鳴に迎えられ、ローテーブルに座る。今回はちゃんとお茶を用意してくれていた。礼を言って受け取り、上鳴が正面に座る。
「で?轟とのことだろ」
「まぁ、分かるよね…」
「喧嘩したって言ってたもんな。まだ解決してねぇんだろ?」
「今晩蹴りつけようと思ってさ。その前に相談しておきたくて」
「なるほどな。任せろ!」
ニッと笑ってくれた上鳴に、灯水は安心して口を開く。2人の事情も関係も知っていることもそうだし、こうして何度も相談に乗ってくれていることもあって、灯水は上鳴に話せる。
灯水は、喧嘩の原因となったインターンの話から、あの夜のことまで一通り話した。焦凍が言っていたことなどは詳細にし話したのだが、襲われたあたりの話で上鳴も顔が険しくなる。
「俺が殴りてぇところだけど、あいつ自分で傷ついてそうだな」
「そうなんだよね。まぁ後で俺が殴るからいいよ」
「オーバーキル…まぁいいか。それで、灯水としては轟がなんであんなことしたのか分かんねぇんだろ?」
さすがの上鳴、理解は早い。頷くと、意外にも上鳴はあまり悩むことなく見解を述べ始めた。
「思うに、あいつは不安になったんじゃねぇかな」
「不安?」
「そ。ほら、灯水最近すげぇじゃん。必殺技もそうだし、仮免のときも大活躍だったんだろ?俺だって、言わねぇけど切島や瀬呂やほかのヤツだって、通形先輩といい感じにやりあうまで成長したお前のスピードに、置いてかれてる感は感じてる」
「置いてかれてる…」
いつだって灯水は出来損ないで、追いかける側だった。今でもその意識は変わらない。しかし、自分で気づいていないだけで、本当は周りが灯水に対してそう思っているらしい。一番近くで見て来た焦凍は尚更。
「そんであいつ仮免落ちただろ?灯水に置いてかれてるっつー不安が、インターン行くっていう話聞いて更に高まってんだよ。爆豪だってうるせぇじゃん」
「…ひょっとして、ちょっと前までの俺に似てる状況…?」
過去から解き放たれて前に進む焦凍と、存在意義を失って浮遊していた灯水。灯水がそのとき感じていた気持ちと同じような不安や恐怖を焦凍は感じていたのかもしれない。
「そうかもな。そればかりは轟しか知らねぇけど…自分に周り引き離して成長してる自覚ねぇんなら、それは踏まえた上であいつ殴った方がいいぜ」
「うん…そうだね、ありがとう。そういう心づもりで殴る」
やはり相談して良かった。上鳴たちも焦凍と同じく灯水に置いて行かれていると思っているようだが、恐らく上鳴含め、他のA組はそれを深刻に捉えていない。それぞれのペースや役回りが個性ごとにあるのだ。そういう、自分は自分という意識を持つことができるのがA組の良いところだと思う。