生来、将来、信頼−10
夜、灯水は自室を出て、焦凍の部屋の扉をノックした。すぐに出て来た焦凍は、扉を開けて目の前にいた灯水に面食らう。
「なっ、灯水…?」
「入れてもらってもいい?」
「あ、あぁ…」
思わずといった感じで灯水を入れた焦凍。その部屋は変わりはなかったが、焦凍自身にはいくつも傷があった。補習で負ったものだという。ほとんど治っているのか、ガーゼなどは外していた。
部屋にはもう布団が敷かれているが、まだ焦凍は寝ようとしていたわけではないらしい。もしかしたら敷きっぱなしだったのかもしれない。
「焦凍、話がある、けどその前に…」
「…?」
突然やって来たことへの困惑もそのままに、焦凍のシャツをおもむろに灯水は捲る。その腹筋に痣などがないことを確かめると、灯水はシャツを戻してからその腹に拳を叩き込んだ。
「っ!?」
「天誅!!」
灯水は近接戦を得意としないので大した重さではないだろうが、一応鍛えている男子高生の腹パンだ、油断していてもろに食らった焦凍は呻いて布団にしゃがんだ。
「これで許したげる」
「…っ!?、灯水…?」
何が何だか、といった感じの焦凍の正面に灯水も座ると、しかとその目を見つめる。
「許すから…焦凍、ちゃんと聞かせて。お前は何を考えてんの?」
「灯水…」
久しぶりに焦凍の低い声を会話をして、焦凍の匂いがする空間にいると、今すぐ抱き付きたくなる。しかし、きちんと言葉を尽くして、2人はこの問題を解決しなければならない。
灯水が尋ねれば、焦凍は意を決したように口を開いた。
「…俺は、怖かったんだ。灯水が、どんどん先に行っちまうような気がして。置いてかれるような、気がして。不安で、怖かった。情けねぇよな」
「焦凍…」
やはり上鳴と話して置いて良かった。上鳴の予想通り、焦凍はどうやら、灯水と同じような心理状況になっていたらしい。
「…神野の事件の後、俺はお前のこと、傷つけたんだって知って…灯水のことを次はきちんと守ろうと思った。でも、俺とお前との間には、歴然とした差があったんだな。どんどん成長してく灯水は、俺には追い付けないように思えて…」
「それで、インターンに否定的だったんだ」
「あぁ。離れてくお前を、繋ぎ止めたいって思っちまった。そんで、あんなこと……」
焦凍は俯くと、見ているだけで痛そうなほど強く拳を握りしめた。その強さだけで、焦凍がどれだけ後悔しているか分かった。
絞り出すような声が聞こえてくる。
「ごめん、灯水、ごめん…!俺は、また、お前を…!」
「焦凍、それはさっき腹パンしたから許すって言ったじゃん」
「そんなことでっ、」
「じゃあなに?いつまでも俺はこうやって焦凍に触れられないままなわけ?お前の後悔が終わるまで?」
「おっ、!?」
そう言うと、灯水は思い切り焦凍に抱き付いた。正面の焦凍の腕の中に飛び込むと、焦凍は勢いに押されて布団に倒れ込む。焦凍の胸板にぎゅうと顔を押し付けながら、シャツを握りしめる。焦凍の手は少しさ迷ったが、床に落ちた。
「っ、灯水、」
「俺の気持ちはどうなんの。俺の、焦凍のこと好きだって気持ちは無視?」
確かにあの夜のことはショックだったし傷ついた。だがそれ以上に、そのあと焦凍と一緒にいられないことがつらかった。
「ほんっと、この、バーーーカ!!!」
「え…」
「あんなことで焦凍のこと好きじゃなくなるとでも思った!?こちとら人生お前のために費やしたんだけど!?そんな生半可なことで変わるような気持ちで自分の人生、双子とはいえ別の人間に捧げるかよアホ!!」
「灯水…、」
「お前も仮にも彼氏ならここで抱き締めるくらいの甲斐性見せろや!!!」
「…お前、実はほんと男前だよな……」
灯水が半ばキレながら言えば、焦凍は気圧されながらも、おずおずと灯水の背中に手を回した。焦凍の上でうつ伏せになるように抱き付きながら、焦凍にも抱き締められる。このゼロ距離が本当に久しぶりに感じられて、不覚にも涙腺が緩む。
「…ほんっと…バカじゃんっ、ぅっ、」
「灯水、」
「っ、焦凍、すき、好きだよ、っ、好き、なんだ…!」
声が震える。目元を焦凍の温もりに押し付けると、焦凍は無言で灯水のことを更に強く抱き締めた。「ごめんな」と耳元で聞こえた声もまた、震えていた。