死穢八斎會戦/前編−4
待機している数日間、通常通り授業に出るインターン組だが、いつにもまして気合が入っていた。
当然だ、これからプロたちとともに、人を救けるための大掛かりな作戦に参加する。自分の、仲間の、そして小さな女の子の命がかかっているのである。その重大性を意識しているためか、動きが冴えていると周りは評価していた。
それは能力が高まったというより、命をかけるという意識がパフォーマンスに影響を与えている結果なのだろう。
だがそれは、精神的にももちろん影響をもたらし、それは必ずしも良いことではない。
昼休み、いつものように飯田、焦凍、緑谷と並んで昼食を食べていると、隣の緑谷はカツ丼を前にただ見つめているだけになっていた。それに気づいた飯田が首を傾げる。焦凍も気づいて、そばを箸で取りながら声をかけた。
「緑谷、食わねぇのか?」
「っ、食うよ食うクー!」
「インターン入ってから浮かねぇ顔が続いてる」
「そ……うかな?」
緑谷は否定するが、カツ丼を一口頬張ってからまて箸が止まる。その目はやはり一点を見つめていた、表情も硬い。
切島や麗日たちも少しいつもの明るさはないし、灯水も心に重くのしかかっていることだが、緑谷はエリをその腕に抱き締めている。思うところは遥かに大きいのだろう。
心配していると、飯田がビシッと手を緑谷に向けた。
「ほんとにどうしようもなくなったら言ってくれ、友達だろ」
「っ!」
「いつかの愚かな俺に君が言ってくれた言葉さ。職場体験前の」
飯田が兄を大けがさせたステインへの憎悪に駆られていたときのことだろう。灯水はその場にいなかったが、そんな言葉を緑谷は飯田にかけたらしい。
同じ言葉を飯田は緑谷にかけた。
それにハッとした緑谷は、おもむろに泣き出した。飯田が驚くと、緑谷は軽い嗚咽を漏らしてから、ぐいっと顔を拭いて顔を上げた。そして思い切りカツ丼を掻き込む。
「ヒーローは、泣かない…!」
「…いや、ヒーローも泣くときゃ泣くだろ、たぶん」
それには焦凍が冷静に突っ込んだ。灯水も同意だ。別に泣いてはいけないというものではない。救けを求める市民の前でなければ、己を出すことができる場だって必要だと思う。
「…そば半玉やろうか」
「俺の天ぷら食べる?」
「ビーフシチューもやろう」
「ありがと…グスッ、」
***
その夜、焦凍の部屋(事実上2人の部屋と化している)で寝る支度をしていると、布団の上で焦凍はふと口を開いた。
「なぁ灯水、お前は大丈夫なのか。麗日たちもインターンのこと気にしてるみてぇだし」
「え……」
今回の件はもちろんA組は誰も知らない。ただ、インターンが始まってからこの件に関わるメンバーが少し暗いのを、皆が気付いているだけだ。灯水たちが同じ案件に関わっていることは知らないのである。
焦凍は、その中で一番その様子を隠せているであろう灯水にそう言ってきた。
基本的にはありのままでいることを決めた灯水だが、別に自分を人にさらけ出さない今までの人付き合いは、必ずしも悪いものではなかった。今回のように、守秘義務があればなおさらだ。そう考えれば、隠そうと思えば隠せるスキルを持っているのは助かる。
それでも、焦凍にはバレていた。
「…うん、緑谷君よりはマシだけど…ちょっと」
「…灯水はなんかして欲しいことあるか。緑谷にはそばやるぐれぇしか思いつかなかったけど」
焦凍はそんな灯水を支えたいと思ってくれているようだ。一時期の焦りは鳴りを潜め、焦凍は仮免補習にきちんと集中している。
灯水は何かして欲しいこと、と言われて、「じゃあ…」と言おうとしたが、何となく気恥ずかしくなった。
甘やかして欲しい、なんてとても言えるものではない。
黙ってしまった灯水に、焦凍は察したのか、特に聞き出そうともしなかった。
「…なら、俺から動くぞ」
「え、」
焦凍はそう言って、突然灯水のことを抱き寄せた。姿勢を崩して焦凍に正面から寄りかかることになり、あぐらをかいて座る焦凍の腕の中に倒れた。ふわりと焦凍の肩口から焦凍の匂いが立って、一気に体が弛緩する。
「2人んときは甘やかすからな」
「……こういうとき、双子だなって思う」
「まぁな」
正確に灯水の言えなかったことを察して実行してみせた焦凍。灯水の身に余るような目に遭っているエリのことや、それを救け出す大規模な作戦を前に心がふわふわとするような感じがしていた灯水は、焦凍の優しい温もりに安堵し、支えられているという感覚を直接得たことで心が安定するような気がした。
背中に腕を回して抱き付くと、焦凍も少し強く抱き締めてくれる。そばでこうして支えてくれる存在がいる、それだけで、灯水は頑張れる。