死穢八斎會戦/後編−4
腕が4本になり、口が大きく割けたかのようにすら見える姿。その状態で、ゆらゆらとこちらに迫る。
柱の合間から緑谷が治アに攻撃しようとすると、治アはナイトアイが抱えるミリオに向けて酷薄な笑みを浮かべた。
「悲しい人生だったなぁ、ルミリオン。エリに、俺に関わらなければ、個性を永遠に失うこともなかった。
病に罹ったままでいられた」
その言葉が意味するところは、この場にいる誰もが理解できた。
緑谷はそんな治アに殴り掛かり、近くの柱を砕いて叩きつけるが、逆に治アも柱を生やして緑谷に突き刺そうとした。
一方、灯水はミリオを壁に寄りかからせるナイトアイに一応説明した。
「恐らく、個性を消す銃弾の完成品です。俺が到着したその瞬間に撃たれて…」
「…それから、個性が使えない状態で戦ったのか」
「そういうことです…」
ナイトアイはちらりとミリオを見たあと、すっくと立ちあがった。エリを灯水に預けると、治アを見据える。
「緑谷とともにミリオとエリちゃんを連れて離脱しろ。この場は私が引き受ける」
「っ、分かりました」
1人で戦うなど、とは思ってしまうのだが、ナイトアイはオールマイトの元相棒、実力は確かだ。それに、もうそろそろ高校生の領分ではないという大人の意思表示でもあるのだろう。
灯水はエリを抱き上げる。涙をぽろぽろと流す少女の目元を拭ったところに、緑谷がナイトアイに言われたのかやって来た。
「灯水君、怪我!!」
「俺はまだ大丈夫、まずはここを離れないと」
「そうだね、」
緑谷はミリオを横抱きにして持ち上げると、緑谷が開けた壁の穴から廊下に出た。灯水もエリを抱えて進む。そのエリは、震える声で小さく言った。
「もう……いいです……ごめんなさい……!」
これまで何度も体を切り刻まれ、分解されてきた幼いエリは、以前に緑谷たちと出会ったように、自らが傷つくことを選ぼうとする。
その必要はないと言うためにも灯水はミリオたちを安全な場所で処置しようとしていた。
しかし、背後から聞こえた、肉を切り裂く音に、足が止まった。
恐る恐る振り返ると、そこには、ナイトアイの腹を太い柱が貫通し、左腕が完全に切断されているのが見えた。
「サー!!!」
「…っ、嘘、」
ミリオの悲痛な声と、灯水の思わず漏れた言葉。緑谷はすぐに駆け出すと、ナイトアイへの追撃を床を破壊することで防いだ。轟音が響き、すぐに緑谷は戦闘を開始する。
いくらなんでも、緑谷1人で戦闘を続けるのは無茶だ。4本の腕すべてで個性の発動が可能らしく、その破壊域は各段に広がっている。
かと言って、ナイトアイは瀕死の重傷で、一秒を争う。ミリオだって失血しすぎている。
(誰を…誰を優先するべきなんだ、目的のエリちゃん?最も重症なナイトアイ?先輩とはいえまだ学生のミリオ先輩?無茶な戦闘をする緑谷君?)
足が、思考が、止まる。目の前には、命の危機に瀕する人が多すぎる。こんな状況、当然だが経験したことがない。ヒーローたちが活躍していた神野区とは違い、ここは孤立無援なのだ。もう、大人すらいない。
「っ、灯水、君…!」
「先輩、」
「…、戦ってくれ…!エリちゃんは、俺が、連れてく…だから、ナイトアイを……緑谷君の、援護を……!」
ミリオがこんなことを言うのは珍しい。危険な方を求めるなど。
その瞳は潤んでいて、これまで必死に立ち続けたミリオですら、心が折れかかっているのだと理解できた。そうだ、この場で最も戦えるのは、もう緑谷と灯水しかいないのだ。
「…エリちゃん、先輩と一緒にいて、絶対だよ」
それだけ言うと、灯水はすぐに蒸気を出して空中に舞い出た。足の裏から噴き出る蒸気の圧力に、左足がズキズキと痛む。血が飛び散るのが見える。
それでも、灯水は空中から手を使って治ア向けて氷結を放った。肘から先だけ出るようにして胴体を拘束できれば、氷に手が触れられないはずだ。
しかし治アの方も氷結を避け、一部を分解して破壊。その間に緑谷が蹴りを入れるがそれも避けられた。
いつもより力を出しているのか、緑谷は高速で動き回り、灯水も治アの動きを少しでも封じようと氷結や間欠泉を放つが、治アの4本の腕による分解に適わない。
やがて緑谷すら補足され、かかと落としを決めようとしたところに攻撃を入れられた。
それにより、緑谷の右腕と左足に棘が突き刺さった。
「緑谷君!」
緑谷は地面に膝をつく。痛みを堪えながら治アを睨んだ。その近くに降り立った灯水は防御の氷結をしようとした。そこへ、治アの腕の1つが、手のひらの恐らく音本の口を使って喋る。
「お前のせいでまた死ぬぞ!これがお前の望みなのか、エリ!!」