″ヒーロー″−7
緑谷と話した後は、トレーニングもできないのでおとなしく部屋で勉強することにした。ちなみに、勉強するときだけそれぞれの部屋にいて、他の時間はすべて焦凍の部屋にいる。灯水のベッドは完全に使われていなかった。ソファーとしてたまに座るくらいだ。
夕方も夜に変わろうとするくらいに、一通り終えて息をつく。椅子から立ち上がると、お茶でも飲もうと共有スペースへ降りていく。
すると、やたらソファーのところが盛り上がっていた。焦凍を中心に、切島や上鳴、瀬呂、芦戸に葉隠と賑やかし要因たちが騒いでいる。
どうしたのかとそちらへ行くと、気づいた上鳴がにやにやとして手招きした。
「おい轟、来たぜ」
「お、」
制服姿のためまだ着替えていないようだ。仮免から帰って来たにしては、今回は怪我がないように見える。小さくて見えなかったが、峰田もいた。
「イケメンでもギャグになる言葉ってあんだなー!!」
「それな」
上鳴と楽し気に言っている内容がよく分からない。焦凍の方を見れば、切島がこちらにゴーサインを出すところだった。
「ほら、灯水にもやってやれよ」
「分かった」
「え、なに」
囃し立てる瀬呂や芦戸に言われるがまま、焦凍は灯水の正面に立った。そして、こちらに腕を差し出す。
「オイオイ君の可愛い顔が見てぇんだ、皺が寄ってちゃ台無しだぜ」
「はぁ?」
「ブハッ!!」
何言ってんだこいつ、としか思わなかった。そんなリアクションに、切島たちが一斉に噴き出す。芦戸あたりは「何度見ても笑えるー!!」と泣きそうになっている。見かねて上鳴に尋ねてみた。
「どうしたのこいつ」
「いやー、なんか帰って来たらさ、爆豪が俺たちに「マボロキの面白いモンが見れるぜ」なんて珍しいこと言うからさ、聞いてみたら、幻覚出せる士傑の生徒が轟の幻を出して言わせたのが今のセリフだったわけよ。それを轟が真顔で再現すっから面白くてよ〜」
幻と轟でマボロキか。爆豪にしては面白いことを言う。その爆豪はもう部屋に戻ったようだ。幻覚というからにはきっとそれなりに笑顔を浮かべてイケメンさを前面に出していたのだろうが、リアルでやっても真顔のギャグにしか聞こえない。
灯水もシュールさがじわじわと効いてきてくすくすと笑ってしまった。
「くく、何それ、面白すぎでしょ…!」
「もー俺ら大爆笑!死ぬかと思った!」
上鳴の目じりには確かに涙が浮かび、葉隠は笑いすぎて咳き込んでいた。せっかく焦凍はイケメンなのにこの扱いだ。
笑っていると、焦凍はなぜか灯水の顔に手を添えた。何かと思って笑うのをやめて焦凍の顔を見上げる。上鳴たちも気づいたのか、焦凍に注目した。
「やっと笑ったな」
「っ、焦凍…?」
「インターン前から今日までずっと、やっぱ暗い顔してたろ」
「え、そうなの?」
焦凍の言葉に、葉隠たちが首を傾げた。インターン後はともかく、前については灯水が隠していたからだ。さすがにインターン後は隠すことはできなかった。
「…俺は、灯水のどんな顔も好きだ。泣いてても、怒ってても、皺が寄ってたってな。でも、やっぱ笑ってる顔が一番好きだ」
ふ、と焦凍は薄く笑う。幻覚などではない、正真正銘の焦凍の笑顔だ。優しく柔らかな笑顔だった。灯水が笑顔になってくれて嬉しいと、心から思っているのがありありと伝わる。
それを真正面から浴びて、しかも灯水を気遣う言葉もかけられて、思わず灯水も顔が赤くなるのを感じる。さすがに、これは、ずるい。
「…いやぁ、このイケメンがブラコンで良かったぜ……」
そんな様子を見た瀬呂がぼそりと言った。実際にはブラコンどころの騒ぎではないのだが、それを知るのはここでは切島と上鳴だけだ。
灯水は慌てて、焦凍と部屋に戻ることにする。もうそろそろ居た堪れない。後ろから、峰田の「末永くイチャイチャして世の女性に振り向くなよクソ双子〜」という声がかけられる。
内心で、「仰せのままにこのクソ葡萄野郎」と言っておいた。