″ヒーロー″−9
夜、久しぶりに冬美が作ってくれた夕飯を4人で囲む。この夕食時の光景も久しい。あまり4人が揃うこともここ数年はなかったとはいえ、ずっと同じ家で暮らしていたため、やはりこれが基本のスタイルだ。
夕飯はそばと天ぷらで、焦凍はせいろ、灯水は暖かいそばだ。天ぷらは色とりどりで、足りないだろうとちらし寿司まであった。
「豪華だね」
「久しぶりに2人が帰ってくるから、ちょっと頑張っちゃった」
「ありがと」
こうやって張り切ってくれるくらいには、冬美は2人が入寮して帰ってこないのを気にしているらしい。普段、家には炎司と2人。やはり、寂しく思う部分はあるのだろう。
もちろん冬美も大人であるため、2人がそこまで気を遣う必要もないだろうが、もう少し姉に顔を見せる機会が作れればと思う。
「わっ、春菊の天ぷらある!」
ふと、天ぷらの山の中に春菊があるのを見つけた。灯水が一番好きな天ぷらの具材で、今まで友人に同意を得られたことはない。
焦凍は天ぷらに関しては特にこれというものはないらしいが、「少なくとも春菊が一番に来ることはねぇ」と言っていた。
春菊の天ぷらは揚げるのが難しくて作るのがあまり好きでないと冬美に言われてからは、食べたいという意思表示もしてこなかった。
「姉さんありがとう」
「うん、でも作れって言ったのお父さんなんだよ」
「え……」
意外な人物に灯水は目を丸くする。炎司は居心地悪そうにしながらも、「お前が好きだと言っていただろう」と肯定した。
「そっ…か……えと、ありがとう」
「……あぁ」
突然の優しさに灯水がうろたえる。まさか灯水の好物を炎司が把握しているとは思わなかった。2人揃ってそばが好きなのはさすがに知っているようだったが、天ぷらの中では、なんてごく狭い好物を知っているとは。
いったい炎司はどうしたというのか。神野区のときに息子と思ってもらっていることは分かっていたが、こんな好意的な態度をされたことがなかったために動揺してしまう。
その後、なんとか微妙な空気を払しょくして夕食を終えると、しばらく冬美と学校のことを話して時間を過ごした。炎司は書斎に戻っていたが、まったく話とやらをしようという気配は感じられなかった。
夜も遅くなってきてから焦凍と灯水はそれぞれ寝る準備をして、自室へ向かう。
すると、廊下の途中に炎司が立っていた。2人の前に立っているため、灯水たちもその正面で立ち止まる。炎司の目は、まっすぐ灯水を見ていた。
「…仮免、無事に取れたんだな」
「え、うん」
炎司はおもむろにそんなことを聞いてきた。隣の焦凍は先ほどからまったく動じていない。
「公安から聞いたが、あの会場で最高得点で取得したそうだな。先日の八斎會への捜索でも活躍したと聞いている」
「最高得点ってのは初めて聞いた…八斎會のは、うん、そう言ってもらえてるなら…」
灯水の返答は煮え切らないものにならざるを得ない。炎司が何を言うつもりなのか、まったく見えないからだ。そんな灯水に、炎司は見たことがない、優しい目をして言った。
「灯水、お前は、焦凍と並んで、俺の自慢の息子だ」
「…は………?」
突然の言葉を理解するのに時間がかかった。
炎司の目を見れば、それが本気だと分かる。自慢の息子、なんて、まるで灯水のことを認めているようだ。そんなことがあり得るのか。