燃えろ体育祭/前編−4


1週間が経過した頃、灯水はいつものように庭の淵にいた。自宅でできることを片付けてから、残りの1週間を学校の施設内で過ごすためだ。ここではできないことをしたかったため、そういう時間配分にしたのである。

目をつぶって手や足に意識を集中させる。目を閉じているのは集中のためではなく、単に見えなくてもできるようにするためだ。目を開けていればもっと簡単にできる。
これで完成だろう、と思って目を開けると、ようやく納得のいく出来に仕上がっていた。


「よし…!完璧でしょ!!」


手の上とつま先付近の地面に立っているのは、小さな氷のエンデヴァー人形。池のほとりにあったあの人形を模しているのだ。氷像ながら、あの人形と同じ精緻な作りになっている。形も、腕の角度や顔の表情まで再現できている。


「まさにクリスタルえんじ君…!」

「なにおぞましいことしてんだ」


すると、庭に面した縁側を歩いていた焦凍が声をかけてきた。互いに訓練中は声をかけないのが暗黙の了解になっていたが、我慢できなかったらしい。


「すごいでしょ!このクオリティ!」

「やめろマジで」


焦凍が嫌そうにすうのも無理はない。なぜならこの氷像は、灯水の周りに30体近く並んでいるからだ。兵馬俑のように整然と並ぶ氷像は、概ねオリジナルのものに近い精巧な作りをしている。それもあってより焦凍には耐えがたく感じたようだった。


「焦凍ォ!こんなところで何油を…売って…」


そこへやって来たのは炎司だ。体育祭準備期間ということで口やかましく焦凍に絡んでは無視されていた。だが、その焦凍が炎司を見ずに庭を見ているものだから、炎司もこちらを見た。そして、池のほとりにずらりと並ぶエンデヴァー人形に愕然とした。


「な、にをしとるんだ灯水…」


引いたように見ている炎司の目が焦凍にそっくりで、なんだかんだ血は争えないよなぁ、と灯水は思った。
テレッテレッテーンと小声で歌って縁石から池にエンデヴァー人形のひとつを沈めれば、問題に間違えてクリスタルえんじ君人形を没収される様を忠実に再現できている。


「…なんの儀式だ…あいつも病院に…」

「やめろ」


珍しく会話が成立した直後、焦凍は道場の方へと進んでいった。炎司も何か言いたげにしていたが、どうにも今の灯水に近づきたくなかったらしい、さっさと書斎へ向かった。

そんなことは気にせず、灯水は今度は並べた人形たちから数メートル離れた。そこから、手の上に水の輪を浮かべて投げる。輪投げによって水のコントロールを図るのだ。形を維持しながら人形に通すというのはなかなか難しく、「おら、」「せいっ」と声をかけながら次第に熱中していく。
やがて、同じく縁側を通りかかった冬美が口元に手を当てて「灯水…!」と心配そうにしているのに気付いた頃には、夕食の時間になっていた。

必死に大丈夫だと説得し、冬美はなんとか精神疾患の可能性を捨ててくれたようだが、子供たちにこう思われる炎司は本当にひどい男だと思っている。



そうして夕食。焦凍は早々に食べ終わると自室に戻った。冬美も仕事があるからと自室に戻ると、ダイニングには灯水と炎司の2人になった。炎司はいつも灯水をないものとして扱うのだが、今日はちらちらを見てきていた。まさか、呪っていたとでも疑っているのだろうか。


「…なに、父さん」

「いや……」

「別に、父さんのことを呪ってわけじゃないから」

「そうなのか」

「そんなことするわけないじゃん」


本気でそう思っていたらしい、真顔の炎司に呆れる。呪われるようなことをしたという自覚でもあるのなら、態度を改めてもらいたいものだ。だがそういうわけではないことも分かり切っていたので、ちょっとむかついた灯水はそっと炎司の髭から上る炎を操った。
炎は髭の両端からだんだん顔の両側に上がっていく。そこで炎司が事態に気づいたが、すでにそのときには炎はカーブを描いて炎司の頭上にある。

髭から、炎のハートが炎司の頭の上に完成したのだ。それを素早くスマホで写真に収めると、灯水は脱兎のごとくそこを逃げ出す。後ろからとんでもない声量で「灯水!!!」と怒鳴られるが無視してやった。


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