燃えろ体育祭/後編−8


緑谷の言葉が会場に響くと同時に、フィールドからとてつもない熱量が発せられた。突然空に立ち上る炎に、静まり返っていた会場が再度どよめいた。


「使った…!」

「あっつ…!」


A組席も驚きに満ちる。熱気がここまで伝わり、それぞれ腕を前にかざすが、灯水は初めて目にした焦凍の炎に呆然とした。
あの焦凍が、左側を使った。

「君の力じゃないか」という言葉。炎司から継いだ、ということに囚われていた焦凍も、そして灯水も、それまで抱えていた鎖が破壊されたような気がした。
焦凍の頬を伝うものが自身の炎に照らされて一瞬光る。それとまったく同調して、灯水の頬も伝うものがあった。


「焦、凍……!」


遠くで炎司が何かを叫んでいる。しかしそれは焦凍には届いていない。焦凍は、目の前の緑谷しか見えていなかった。

2人は、互いに出せる全力をぶつけようと力を籠める。それを察知したセメントスが焦ったように立ち上がり、ミッドナイトも駆け寄ろうとする。

しかし焦凍は氷結を思い切り緑谷に向けて放ち、それを緑谷が足に力を籠めて思い切り飛ぶことで避けると、今度は左側から大量の炎を噴き出した。緑谷の足は折れている。
焦凍の左手が伸ばされた先に、緑谷の全力の衝撃波攻撃が迫っていた。

莫大な炎と緑谷の衝撃波、その中間にセメントスのコンクリートの壁がいくつも立ち上がるが、それらは一瞬で蒸発、崩壊し、フィールドごと周囲の冷やされた空気が膨張した。

それは大爆発となって、眩い光を放つ。直後、轟音が暴風とともに会場に轟いて、飛ばされそうな風に煽られた。耳元で唸る風がやむと、あとには静寂。
粉々になったフィールドの瓦礫の山の中、壁に打ち付けられた緑谷がずるりと意識なく倒れた。


「轟君、3回戦進出!!!」


ミッドナイトの声とともに会場が歓声に包まれる中、焦凍は息を切らして立っていた。体操服の左側はボロボロになっている。
決して、この戦いだけで焦凍の心が変わったというわけではないだろう。だが、緑谷の全力の思いが、焦凍の心に大きな光を差し込ませたのは間違いない。これからきっと、焦凍は自分で答えを出せるはずだ。

そう、もうきっと、焦凍はひとりで立てるのだ。

両親の、血の、個性の呪縛を解き放たれて、自らの意思で自らのために個性を使って、昔憧れたオールマイトのようなヒーローになるのだろう。


(−−−そうか、じゃあ。俺は、もう)


焦凍をひとりにしないために、家族がつらい目に遭っている焦凍のためだけに寄り添えるような強いヒーローになるという灯水の目標は。

いや、灯水自身が、もう必要ないのだ。

そう気づいた途端、心に風穴が空いたような気がした。まだ焦凍は迷っているし、灯水にも勝たねばならない試合があるからそう強く意識されていないが、確実に灯水の心に隙間風が吹き始めたのが、感覚で理解できた。

同時に、昼の爆豪の言葉も浮かぶ。
「それでいいのか」という質問の意図が、分かって来たような気がした。


なくして初めて気づくというけれど、灯水はなくす寸前に気づこうとしているわけである。守るべき焦凍という存在をなくしつつある今になってようやく、焦凍が灯水にとってどういう存在だったのか分かったのだ。

優れた個性を持った焦凍を、炎司は最も有力な子供として見た。苛酷な目に遭わされるようになった焦凍を家族は皆心配した。冬美も母も灯水に焦凍を守るよう言ってきたし、母は会う度に焦凍の近況を聞いてくる。心配しているのだ。
炎司は出来損ないの灯水を見なかったし、平均にも満たない灯水を子供として認めていないほどだった。家族は社交的で努力家の灯水に安心し、焦凍のために頑張る姿を見て灯水を心配しなくなった。

個性のことは灯水にはどうしようもないことだった。持って生まれたものなのだから。家族が灯水を見なかったのは、それだけ焦凍がひどい目に遭っていたからだったし、さらに灯水自身が焦凍のためにそれを望んでもたらしたからでもある。

だがそうして、灯水は自然な流れでも自身の帰結であっても結果的に、誰からも気にされない存在となった。
そんな灯水が自身の存在意義を見出すのに、焦凍の兄であるという事実しかなかったのである。焦凍の兄なのだから、精神的にでも焦凍を守らばなければならない。それが灯水の存在理由だった。

それが今、焦凍が解き放たれようとしていることによって、なくなろうとしている。焦凍がひとりで生きていけるのであれば、灯水はいらない。そうなると灯水が存在する理由がない。

誰も灯水を必要としていないのだから。

気付いてしまえば呆気ないものだ。幼い頃に空になった灯水の器は、焦凍を守るという目的意識によって満たされ、そして今それは割れたひびから漏れ出している。いずれなくなってしまい、灯水自身が灯水の存在意義を見出せなくなるときがくる。それまでは、とりあえず普通に振る舞わなければならない。灯水の心持ちがどうであろうと、日々の生活に変わりはないし、目の前のやらねばならないことにも変化はないのだ。

今はやるべきことだけを見るべきだ。


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